平成20年度採択案件/技術提案型(旧制度)

共同研究実施体制

ユニットリーダー:川上産業(株) 社長室部長 杉山彩香
ユニットメンバー:川上産業(株) 厚木工場課長 山田 邦晶
         東京大学大学院工学系研究科 航空宇宙工学専攻 教授 青木隆平
         日本大学理工学部 航空宇宙工学科 教授 宮崎康行
         京都大学大学院工学研究科 さきがけ研究員 岸本直子
JAXA研究者:宇宙科学研究本部
宇宙構造・材料工学研究系 准教授 石村康生
宇宙構造・材料工学研究系 教授 樋口健



共同研究の背景及び概要

軽量性と高収納効率に加えて、優れた耐故障性を有する太陽電池パネル等の大型宇宙構造物の構成要素として利用可能な軽量マルチセル構造システムを研究開発する。特に、実用化のネックになっているマルチセルの製造技術の確立と構造システムの耐宇宙環境性の評価を行い,本構造システムの実用化の見通しをうる。

今回研究する製造技術を地上における新しい緩衝材に対して転用を図ることで、これら異業種の地上(民生)へのスピンオフが期待できる。


INTERVIEW

インタビュー

プチプチで作る、軽くて丈夫な太陽電池パネル

川上産業株式会社
社長室 取締役プチプチ文化研究所所長
杉山 彩香

誰もがプチッ、プチッとつぶして遊んだことがあるに違いない、クッキー缶などに入っている緩衝材「プチプチ®」。実はその構造を宇宙開発や宇宙探査に活用し、軽くて丈夫な太陽電池パネルを作る研究が行われている。「プチプチ®」の登録商標をもつ川上産業株式会社で開発チームをとりまとめてきたのがリーダーの杉山さん。広報担当取締役であり、プチプチ文化研究所所長の肩書も持つなど、マルチな才能で宇宙開発に新しい空気を吹き込もうとしている。


01. プチプチの形に秘密の鍵が!


JAXA:あの「プチプチ」がどうして宇宙へ?

杉山:きっかけは、プチプチの形状に興味を持ってくださったJAXAの研究者(石村准教授)から連絡をいただいたことなんです。
 プチプチはポリエチレンでできていて、素材的にはそのまま宇宙で使うことはできませんが、独立したセルが無数にあるあの形を活かせば軽くて、耐故障性に優れ、安価な太陽光パネルが開発できるのではないか、とおっしゃったんです。私自身、日々、プチプチのさまざまな利用法を探していますので、材質や製造方法を工夫すれば宇宙で使えるかもしれないとの話に、興味を持ったんです。

JAXA:プチプチっとした形がどういう点で太陽電池パネルにぴったりなのですか?

杉山:プチプチの形状は難しく言うと「軽量マルチセル構造」というものですが、要するに独立したセル(気泡)の集合体なんですね。それぞれのセルが独立していますので、たとえ1つつぶれても他に影響が少なく、全体として耐故障性に優れるといえます。皆さんはふだん何気なくプチプチを使っていらっしゃって、形状なんてあまり気にしたことがないと思いますが、意外にも独立したセルの集合体はプチプチのほかにあまりないんですよ。

JAXA:では、太陽電池開発に向けて、宇宙オープンラボでは具体的にどのような研究をされているのですか?

杉山:1つには、マルチセル構造を活かして太陽電池パネルを軽くすること。そして、それをきちんと作るための製造技術を確立することです。太陽電池パネルにはコア材といって、いわば「芯(しん)」になるようなアルミニウム製の部分があるのですが、それを現在のものより2割軽くして、1平方メートルあたり2kgにすることを目指しました。
 2つ目の研究課題は、試作したものが宇宙で実際に使えるかどうかの検証です。真空環境を作れる装置「真空チャンバー」にプチプチを入れて試験を行いました。
 それと3つ目として、今回の研究で得た技術を地上での製品開発に活用することです。

JAXA:どのような研究成果がありましたか?

杉山:製造技術を確立するという目標は達成できたと思います。アルミ蒸着フィルムという、気密性に優れたものすごく薄いアルミ箔のようなものがあるんですが、それを重ね合わせていきながら、プチプチ状のパネルを作っていくんです。試験の結果、1つの気泡から空気が抜けても他の気泡は割れず、空気もれを抑えることができることが確認できました。
 しかし、宇宙で実際に使用できるまでにはまだまだ更なる改良が必要だと考えています。今回の開発では、宇宙でも使える仕様にするための新しい課題が見えたことも、1つの成果だと思います。

JAXA:新しい課題とは何ですか?

杉山:梱包資材の分野では、私たちは最高の品質の製品を作っているという自負があります。でも、宇宙空間はとても過酷な環境ですから、地上と宇宙では求められる品質のレベルが格段に違うんです。例えば、見た目は何も問題がない、一般のお客さまに販売できるような物でも、宇宙空間を模した真空チャンバーに入れるとどこかから破断してしまう。詳しく調べると、どこかがほんのわずかに融着していなかった、という目に見えない不良がみつかったりしたのです。地上の製品としては全く問題がないものなんですけどね。
 ですから、宇宙のレベルにまで品質を上げるためには、やはり設備なり加工技術なりをもっと向上させる必要があると思いました。でもそれには私たちの知識だけでは厳しい部分もあると思いますし、設備にどれだけ投資できるかというのが難しいところですね。

02. 宇宙が広げた目、惹きつけた心


JAXA:研究のなかで特に印象に残っていることは?

杉山:プチプチを初めて真空チャンバーに入れて実験したとき、予想していなかったことが起こったんです。その動画を見たとき、思わずみんなで「おー」って歓声をあげて驚いてしまいました。当初の予想では、プチプチのひとつひとつの気泡に微妙な気圧差があるので、プチプチのフィルムが一定の方向に反り返ってしまうと思われていたんです。それですぐに気泡がプチっと破裂してしまうだろうと。ところが、フィルムは反ることはなく平らで、破裂もしませんでした。
 当社のプチプチには、アルミを使った地上用の製品がありますので、真空チャンバーに入れたらこうなるだろうと、開発チームは自信を持って予想をしていたんですね。ところが結果は全く違ったんです。宇宙のような真空状態では、地上での経験にもとづいて考えていたことが通用しない--頭ではわかっていても、改めて目の当たりにして、開発チームは大きな衝撃を受けました。新しい視点を体で覚えたというか、植えつけられたというか。

JAXA:共同研究をしてよかったことは?

杉山:社内の、特に開発チームのモチベーションがすごく向上したことです。また、社員の視野も広がったと思います。
 プチプチはあらゆる業界で使われていますので、いろいろな方とのお付き合いがあります。また、当社は比較的オープンな社風なので、伸び伸びと広い視野を持って仕事をしているという意識が社員にありました。でも、今回研究に参加するまで、いわば「宇宙視点」というのはなかったんですよね。JAXAの先生方と研究をしていくうちに、新しいものの見方、考え方を持てたことが、当社にとって良かったことだと思います。
 もうひとつ「宇宙視点」で学んだのは、収納と展開をきちんとしなければならないということでした。構造物を宇宙へ輸送するロケットには限られたスペースしかありません。ですから、いかに収納し、それを宇宙でいかに展開するかが重要なんですよね。今まであまり気にかけてこなかった視点なので、新製品の開発にもさっそく活用していますよ。

JAXA:対外的な面ではいかがですか?

杉山:そうですね、理科系の学生さんが当社の採用募集にエントリーしてくれるようになったんです。就職説明会でも宇宙オープンラボの研究を紹介していますが、これに興味を惹かれてエントリーしてくれる学生さんが増えたように思います。
 JAXAとの取り組みや、宇宙に関わる仕事が理系の学生さんたちの心をつかんだのだと思います。

JAXA:杉山さんご自身としては何かありましたか?

杉山:私も、今までは漠然と宇宙が好きだったんですが、より身近に宇宙を感じられるようになりました。私たちの研究だけでなく、JAXAのいろいろなニュースに関心を持つようになって、「のめり込んじゃうものが1つ増えた」と、自分でも驚いています。

03. 宇宙が開くプチプチの未来


JAXA:太陽電池パネル以外にも、研究の成果を活用する計画があれば教えて下さい。

杉山:研究の成果を活かして、新しい技術を開発中です。プチプチと同じマルチセル構造をもつ軽い板で、単体では柔らかいんですが、2枚組み合わせると、堅く丈夫になるんです。柔軟性があると板を丸めることができるので、狭いスペースで輸送することができますよね。それを現場で広げると、大きく丈夫な板になる、という技術です。この技術を応用した製品を2011年春に発表しましたので、まさに飛び立つところです。
 この技術を応用した新しい製品というのは、例えばパーテーションです。寸法が決まっている従来のパーテーションと違って、現場で自由に長さを調整できるという感じですね。そのほか、まだアイディアレベルですが家具にも応用できると思います。加工しやすい板なので、好きなサイズの棚を簡単に作れるんです。改良を加えれば、いろいろな用途に使えると思います。

JAXA:杉山さんはプチプチの文房具など一般向けのものを多く手がけているようですが、どこからアイディアが湧いてくるのですか?

杉山:まず、自分の欲しいものを作るということですね。プチプチは、基本的にはポリエチレンと空気から成る単純な構造です。でも単純なだけに、逆にいえばいろいろと応用も利くんですよ。私はプチプチでできることは全部やってみたいんです! そんな思いがありますので、そこからいろいろなアイディアが生まれるんだと思います。だから宇宙オープンラボのお話をいただいたときにも、是非やらせていたただきたいと即答しました。プチプチには無限の可能性がありますから。

JAXA:今後の目標をお聞かせください。

杉山:宇宙で使う素材や機材にも軽量化が求められていますが、当社のテーマの1つにも、軽さの追求があります。プチプチの原材料のポリエチレンの量を減らして軽量化すれば、二酸化炭素の排出量を削減して環境負荷も低減できるんです。今回の研究で得た知識や技術をもとに、更なる軽量化を目指し、環境負荷を減らしていきたいと思っています。

杉山 彩香スギヤマ アヤカ

経歴 東洋大学短期大学部観光学科(現東洋大学国際地域学部国際観光学科卒業
短大卒業後、ウェブ制作の仕事に従事
1999年 川上産業株式会社に入社
2006年 広報活動の一貫で「プチプチOFFICIAL BOOK」を執筆。2002年、ウェブ上に「プチプチSHOP」を開店
2007年 株式会社バンダイと協力して開発した癒しグッズ「∞プチプチ」が大ヒット
2008~2010年 宇宙オープンラボ「マルチセル構造の研究開発」ユニットリーダー

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