加工と計測を繰り返しながら
高精度な製品を生産
ハーモニック・ドライブ・システムズの穂高工場は、長野県安曇野市の田園風景の中にある。1970年の会社設立と同時に建設した松本工場(安曇野市豊科)が民生用との拡大に伴い手狭となったために1990年に移転してきた。多種多様な仕様のハーモニックドライブ®を月産4万台の割合で生産している。
同社の国内生産拠点は、穂高工場のみ。海外では米国とドイツでグループ会社が生産しているが、それぞれ月産4000台、同3000台と規模は小さい。穂高工場は、全世界的な民生用波動歯車装置の一大供給拠点といえる。
宇宙用途には1983年から出荷している。波動歯車装置は1段で高減速比が得られるので、軽量化が必須の宇宙機器に向いている。太陽電池パドルを太陽に向けるための回転軸の駆動、高利得アンテナを地球に向けるための駆動軸用途、宇宙用ロボットの関節駆動用など、宇宙分野での波動歯車装置の用途は広い。天体上を走行する探査ローバーの車軸駆動用にも使われる。
穂高工場では、宇宙用も民生用も同じラインで製造する。月産4万台とはいえ、大半は手作業で製造する。加工が終わると寸法を計測。そしてまた加工。熟練技能者がこうした作業を繰り返しながら、製品を高精度に仕上げていく。
株式会社ハーモニック・ドライブ・システムズ
本社所在地 | 東京都品川区 |
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設立年 | 1970年 |
主な製造拠点 | 穂高工場(長野県安曇野市) br> Harmonic Drive LLC(米国マサチューセッツ州) br> Harmonic Drive AG(ドイツ) |
これまで手がけた主な宇宙機器 | NASAやJAXAの人工衛星の太陽電池パドル回転機構の減速機 br> ランデブー・ドッキング技術試験機「きく7号(おりひめ・ひこぼし)」の太陽電池パドル駆動機構・アンテナ駆動機構・ロボットアームの減速機 br> ISSの「きぼう」日本実験棟のロボットアームの減速機 br> NASAの宇宙用ロボット「FTS(フライト・テレロボティック・サービサー)」の減速機 br> NASAの火星探査機「マーズ・パスファインダー」、火星探査車「キュリオシティ」の減速機など br> |
企業HP | http://www.hds.co.jp/english/ |
INTERVIEW
インタビュー
宇宙用だから特別な技術を使っているわけではない
HARMONIC DRIVE SYSTEMS
Executive Officer, Member of the Board
Yoshihide Kiyosawa
御社は「ハーモニックドライブ®」という独特の減速機の開発・製造で知られています。まずは、ハーモニックドライブ®について説明してください。
ハーモニックドライブ®は1955年に米国の発明家、C・ウオルトン・マッサーが発明した波動歯車装置(ストレイン・ウェーブ・ギヤリング)と呼ばれる減速機で、1段で50対1とか100対1といった非常に大きな減速を行うことができます。「ハーモニックドライブ®」は当社グループの商標です。
内歯車(「サーキュラ・スプライン」)の中に薄肉のたわみやすい弾性外歯車(「フレクスプライン」)が内接していて、外歯車の内部にはベアリングを楕円にたわめた回転体(「ウェーブ・ジェネレータ」)が入っています。回転体が回ると弾性外歯車が変形しつつ内歯車と噛み合っていきます。この時弾性外歯車はそれ自体は回転せず、弾性変形による楕円形の変形の波だけが内歯車に伝わっていきます。
外側の内歯車と弾性外歯車の歯数は非常に近接していて、2歯ぐらいしか違いません。これが噛み合うと、回転体が1回転するたびに、歯数の差だけ外側の内歯車が送られます。回転体1回転に対して、歯数2つだけ送られるということで、1段で50対1もの大きな減速ができるわけです。また、さらに一般的な歯車が必要とするバックラッシ(歯のかみ合いガタ)が不要なため、精密な位置決め用途に適しています。
米国で波動歯車装置を開発・製造していたUSM社と長谷川歯車という会社が協力し、まず1964年に技術導入により長谷川歯車が波動歯車装置の国産化に成功しました。70年に両社の共同出資で当社が設立されましたが、その後、長谷川歯車の倒産など色々な経緯があり、現在は資本的には独立した会社となっています。
ビジネス的には70年代は泣かず飛ばずでした。もともと米国でも、宇宙用、軍事用などの特殊用途が主で、民生向けの用途はほとんどなかったのです。ところが78年頃から産業用機械、なかでも産業用ロボットのアクチュエータが、油圧から電動へと切り替わり始めました。すると限られた容積に組み込める減速比の大きな減速機はないかということで、ハーモニックドライブ®に光が当たり始めたのです。
80年代に入ると、産業用ロボット各社からの注文が続々と来るようになりました。ニーズに合わせて、より強度を上げたり、より精密な位置決めを可能にしたり、軸の中心に配線を通すことができるようにしたりと技術開発を進め、90年代以降は精密な位置決めを必要とする半導体製造装置などにも用途を広げています。現在でも産業用ロボット分野では、世界で30~40%のシェアを持っています。
現在では、ハーモニックドライブ®減速機だけではなく、モーターと一体化した製品や、ハーモニックドライブ®製造のノウハウを生かした遊星減速機にまでラインアップを広げてきました。
当初は宇宙、軍事向けだったものが、産業用ロボットをきっかけに用途を広げてきたわけですね。
そうです。世界的には米国でも当社グループ企業がハーモニックドライブ®を作っていますし、旧ソ連圏や中国にはコピー品が存在します。しかし、民生分野での用途を広げたのは当社ですね。これらの国では軍需や宇宙用で安定した官需がある一方で、納入品に対する厳しい仕様の指定があるので、民生用途に向けた技術開発が進まなかったというのが実態でしょう。
御社の宇宙用への取り組みはいつごろから始まったのでしょうか。
米国では60年代から宇宙用に波動歯車装置が使われてきました。小さくて大きな減速比が得られる特徴を評価され、主に人工衛星の太陽電池パドル回転機構などに使われてきました。
当社としては、83年に東芝からの依頼で宇宙用ハーモニックドライブ®を製作・納入したのが最初です。87年からは米国への輸出も始めました。90年には、NASA(米航空宇宙局)の宇宙用ロボット「FTS(フライト・テレロボティック・サービサー)」のために49個のハーモニックドライブ®を輸出しました。FTSは国際宇宙ステーション向けの船外作業用ロボットでしたが、その後、計画は中止になってしまいました。
当社の製品はNASAの火星探査にも使われています。96年の火星探査機「マーズ・パスファインダー」ではハーモニックドライブ®3個が使用されています。2003年の火星探査車「オポチュニティ」「スピリット」にはそれぞれ19個が使用されました。最新の火星探査車「キュリオシティ」は、残念ながら探査車の規模が大きくなったために、1個の使用に留まっています。
日本の宇宙分野では97年に打ち上げられた、ランデブー・ドッキング技術試験機「きく7号(おりひめ・ひこぼし)」の太陽電池パドル駆動機構、アンテナ駆動機構、ロボットアームに採用されました。また、ISS(国際宇宙ステーション)の「きぼう」日本実験棟のロボットアームにも、先端の細かい作業をする部分にハーモニックドライブ®が使われています。
宇宙用と地上の民生用部品とは、異なるのでしょうか。
ハーモニックドライブ®は基本的に注文に応じてカスタマイズを加える多品種少量生産のコンポーネントです。このため、宇宙用と言っても特別の製造ラインで作っているわけではなく、通常の生産ラインで製造しています。宇宙用は、使用時に錆びることがないように全部品がステンレス製です。ですが、民生用でもステンレス製が要求されることもあるので、"もの"として違いがあるわけではありません。
ただし宇宙用は厳しい品質管理とトレーサビリティが要求されるので、注意深い公差の管理と製造履歴の厳密な記録が必要になります。最終的な出庫検査では、バリや寸法、性能などあらゆる項目を厳しく検査します。出庫検査は1日では終わらないほどです。
宇宙用だから特別な技術を使っているわけではないのですね。
そうです。あくまで宇宙用も「多品種少量生産のうちの1つ」という位置付けです。売り上げに占める割合は0.2%ほどで、収支的にはトントンです。
当社にとっての一番のメリットは「宇宙用コンポーネントも作っている」とアピールできることですね。それはもちろん、厳しい基準に合格する製品を製造しているという形で会社の信用にもつながっていくわけです。リクルートにも効果があります。