平成17年度採択案件/ビジネス提案型(旧制度)

共同研究実施体制

ユニットリーダー:広島工業大学(広島県) 高度地球環境情報研究センター 教授 菅 雄三
ユニットメンバー:中国電力(株) 末國 光彦
         中電技術コンサルタント(株) 河野 護
         復建調査設計(株) 森山 学、児玉 信之
         (株)荒谷建設コンサルタント 山下 佑一、林 栄一
         (有)日本キャディック 大政 求
JAXA研究者:宇宙利用推進本部 地球観測利用推進センター 竹島 敏明


共同研究の背景及び概要

広島工業大学が保有する地球観測衛星データのリアルタイムダウンリンクのための直接受信設備とこれまで培った衛星画像処理技術を活用し、リアルタイムの電子国土情報提供ビジネスを目指す。本研究では衛星情報による電子国土情報に関する新規事業化と建設コンサルタント業務における新規事業化(リアルタイムな衛星情報プロダクト生成と有機的に統合化した迅速な環境災害監視分析システムの構築と事業化)を目的としたビジネスモデルを構築する


INTERVIEW

インタビュー

土砂災害ワースト1、広島県で衛星を利用した安全・安心のための情報を発信

広島工業大学大学院
高度地球環境情報研究センター長
教授 菅 雄三

1976年、大学院生の時に苦労して取り寄せた米国の地球観測衛星LANDSAT 1号の広島の画像に感動、地元広島工業大学にパラボラアンテナを設置し、海外の衛星を直接受信する契約を日本の大学で初めて結び、試験期間中の1998年に長江の大洪水の画像をキャッチ。自称「日本のリモートセンシングの申し子」が広島工業大学の菅雄三教授だ。「災害列島日本の縮図」である広島県から発信する、衛星情報を利用した安全・安心のためのビジネスモデルとは。菅教授に聞いた。


01. 災害に対して国民に還元できるビジネスを


JAXA:広島工業大学では日本の大学で唯一、衛星から直接データを受信されているそうですね。

菅:現在はLANDSAT 7号(NASA/USGS米国地質調査所)、ヨーロッパ地球環境観測衛星ENVISAT-1(ESA)、地球資源観測衛星EROS-A1(イメージサットインターナショナル社)等から大学の二つのパラボラアンテナで直接受信しています。JAXAの地球観測衛星「だいち」の受信も計画しています。
 リアルタイムで直接得た衛星データを、大学の研究者や企業の技術者たちが協力して災害の早期発見や、地盤沈下、水稲の生育状況、土地利用状況などユーザーの目的に応じて質的な情報を取り出し、使いやすいデジタルデータに加工処理した製品として提供します。
 つまり衛星データという「原材料」を入れたら画像情報という「成果品」が出てくる、「ワンストップサービス」をビジネス化するところが、「最大の売り」です。まだビジネスのための研究開発段階ですけどね。

JAXA:なぜ広島なんですか?

菅:広島県は土石流危険渓流箇所が3万3千ケ所強あって、残念ながら日本で最多なんですよ。土砂災害だけではなくて地震、台風、山火事、洪水など、「災害列島日本」が抱えている問題が次々に起こる。だからまずここで役立てたい。衛星データから災害を早期発見して、ハザードマップ(危険度マップ)まで作りたい。「どんな危険性のある場所が、どこにどう分布していますよ、お宅の場所はこれくらいの危険性がありますよ」と、事前にお知らせしておく。また、災害が起きたときには早期発見、早期復旧の支援をしてあげないといけない。宇宙からの観測が現場で役立つことができれば、ビジネスとして成り立つし、ビジネス以前に国民の生活に役立つだろうと。
 こういうことの手本をまず広島で作る。なんたって「ワースト1」なんだから。安全と安心はもはや無料ではないんです。環境や災害対策に対して国民に還元できる社会基盤としてのビジネスを、産学官で仕組みを作ってあげないといけない。そういう意味でこのJAXAの宇宙オープンラボ制度は画期的なんですよ。

JAXA:公共性が高いが、国だけではできないことを産学官でやる?

菅:たとえば生命と財産を守るとか、環境を保全するとか、災害を軽減して防災に役立てるとか、これは国民生活上どうしても必要なものでしょう?誰かがやらないといけない社会インフラなんです。それを誰が担うかといえば、企業だけでは採算が合わない。かといって国では全部できない。
 具体的には衛星情報を入手しても、ユーザーの目的に役立つような画像にまで仕上げるノウハウが必要となります。それは私たち大学にある。現在、データの販売は一般に行われていますが、データをもらっても加工処理する人が必要です。農業分野だったらJAS、工業分野だったらJISがありますが、この分野はまだ確立されていない。だから産学官が協力してガイドラインを作っているようなものです。経験をつみながら。
 ビジネスには受益者がいるでしょう。この場合は国民一人ひとりです。あまねく環境や災害対策に対して税金を払っている。それは還元されるべきです。われわれは儲けるためのビジネスでなく、社会インフラとして採算がとれる公共性の高いビジネスを産学官で確立したい。

JAXA:宇宙オープンラボ制度での研究は2年経ちましたが、今はどんな段階ですか?

菅:平成17年度は衛星データと地上調査データがどの程度対応しているのか検証することから始めました。衛星は700キロ上空から観測していますからね。学生と衛星が飛んでくるたびに、田んぼの稲の生育状況を調べに行きましたよ。やはり現場が重要です。
 18年度は建設コンサルタントと協力して衛星データを使った地盤沈下の調査や植生などの環境調査をして、使えそうな傾向が出始めていますね。また、土砂災害の早期発見やハザードマップのプロトタイプが作れるようになって来ました。

02. すべては感動から始まった


JAXA:衛星画像を見たのがすべての原点だそうですね?

菅:日本に地球観測衛星を使った環境分析の技術が入ってきたのが昭和50年初頭。かれこれ30年前ですよ。世界的に有名なのがLANDSAT衛星です。大学院生の頃、たまたまこの研究に携わることができた。まだインターネットもない時代に、どこにどうやって連絡をとっていいかもわからず、つてを頼ってテレックスで「どういうデータがありますか?」と先方に送って、ついに広島市の衛星画像データを手にいれることができた。
 磁気テープの大きいのがドーンと送られてきて、パソコンもまだない時代。コンピューターの勉強も一から始めて苦労してついに画像にできた。1972年10月8日、LANDSAT 1号が初めて広島市を鮮明に撮影した日のカラー画像。感動しましたよ。

JAXA:どんなところに?

菅:それまで飛行機にも乗ったことがなかったのに、一挙に宇宙からの映像で生まれ育った広島市を観察することができたんです。小学校の頃、段ボール箱を等高線に沿って切って広島市の地図模型を作った、その形とまったく同じ。宇宙から広島上空を通過するわずか25秒の間に、185km四方の広い地域のカラー画像で、しかも複数の電磁波情報がとれる。植物や市街地、川や埋立地など土地の状況がわかる。こんな画期的で便利な技術があるんかと。ただ画像に感動したんじゃなくて、「これは暮らしに役立つぞ!」とひらめいたのがすべての始まり。

JAXA:日本の大学で直接契約に基づいて、海外の衛星データを直接受信されたのも先生が初めてですが、ご苦労は?

菅:いくつかの要素がありますね。技術的な問題、財務的な問題、もう一つは相手がある話でしょう。NASAやESAと契約を結ばないといけない。なんであんたのところと契約しないといけないの?と実際に言われましたよ。

JAXA:そのとき、なんて言われたんですか?

菅:私がこれまでに行ってきた研究の目的や内容などの説明をして、さらにこれからは地上局を設置してあなた方の衛星をリアルタイムで活用したいと。時間はかかりましたけど理解してくれたと思いますよ。LANDSATは約10年前。EROSも同じ頃。 ENVISAT-1が2005年から。もちろん、可能な範囲でこれからも受信できる衛星の数を増やしていきたいと思います。

JAXA:1998年、地上局の試験期間中に、長江で大洪水が起こったのをとらえたんですね?

菅:1基目のパラボラアンテナ地上局を設置している途中で、しかも衛星データを受信する試験期間中でした。たまたま中国の長江を合成開口レーダで観測していた日本の「JERS-1」衛星というがあってね。洪水災害が起きているときは一般的に雲が多いけれど、レーダは雲を透過して観測できる。当時ニュースでは中国で大洪水が起こっていると大騒ぎになっていたから、観測データを調べて見たら、洪水が起こる前から観測データを受信していた。洪水後と比べたら変化が見えた。「出たー!」っと被害の大きさに驚きましたね。でも最初は解析処理を間違えたかなと思ってね、よく調べても間違いではなかった。プレス発表したら、その反響の大きさに驚いた。「これは災害対策に使えるぞ」と手ごたえを感じましたね。

03. 好きだからのめり込める。技術が見えてくる。


JAXA:今後の目標を聞かせてください。

菅:宇宙オープンラボでは3年度目、最終年度に入ります。2年間である程度地上の現象や状況に対応したもので衛星データが使えるんじゃないかというところまで見えてきた。最終年度は具体的なビジネスとして成り立つように、ユーザーの要求に合うところまで持っていってあげないといけない。たとえばお客さんは最初に何を要求しますか?

JAXA:値段ですか?頻度ですか?

菅:質的な要求はもちろん、どれだけの値段で、いつ提供してくれるか。「納品時期、金額、品質」の最低限これら3つの条件を満たさないといけない。
 価値のある商品を出せるか、それが最終年度の目標。それが提示できないとビジネスとして実現できない。

JAXA:商品にはどんなメニューがありますか?

菅:いくつかあります。まず広島県規模でのガイドラインを作るための土砂災害ハザードマップ。災害や環境変動の早期発見や分析システム。これについては、2007年度から国土交通省中国地方整備局と広島工業大学が一緒に共同研究を始めることになっている。これは宇宙オープンラボが、実現に向けて大きく一歩踏み出した成果です。2007年度中には災害の早期発見やハザードマップ生成システムのプロトタイプを作りたいと思っています。
 2つ目が地盤変動調査。埋立地が長期間にわたって地盤沈下を起こしていくのを調べていく。海岸線の埋立地で日本のあちこちで起こっている現象です。
 3つ目が植生調査。広島県は森づくり県民税を導入しました。森林を守り育てるため。広島県ではなぜ土砂災害が多いかといえば、毎年のように台風が通過することと、地盤が弱いから。だから森林を保全しないと余計に悪くなる。それに瀬戸内海の牡蠣の養殖のためにも緑の自然ダムが必要。健全な山や森林がなかったら瀬戸内海が成り立たない。
 4つ目は地図作り。日本全国の災害とか地盤沈下とか植生などの情報を網羅した衛星画像地図。これは日本だけでなく、全世界に共通する話だと思います。

JAXA:ビジネス化への課題はなんですか?

菅:山積しています。まず衛星が少ない。観測データをタイムリーに利用できることが必要です。さらに、ユーザーの要求は量的にも質的にもかなり高くなっています。ボタンを押したらすぐに出して欲しいというぐらいに。現在は観測して受信処理できれば、午前中に受信された画像は夕方には初期段階の画像として出せます。しかし観測の間隔が現状で、利用する衛星にもよりますが早くて2日から3日は必要です。毎日要求に合った画像が得られるという状況にはないんです。
 それから人材育成。衛星データを加工処理して成果品として提供できる技術力を有した人材も足りないし、解析のための技術開発もまだ途上です。たとえば、衛星データからどのようにして土地分類、植生、温度などの情報を正確に取り出すのか、水稲の生育状況ははどうか、地震、山火事、土砂災害などの被害状況をどのように分析するのか、一つ一つの技術仕様を確立していかないといけない。

JAXA:でも手ごたえも感じている?

菅:あります。地域特有の問題について、暮らしに密着した形で衛星情報を提供できる実現の可能性がはっきり見えてきました。わたしはこの仕事(技術)が好きなんです。昔ダンボールを切って地図模型を作ったときと同じ、もの(情報)を作る楽しさ、探求する楽しさ。実際の現場は大変だけど、自分がやっていることが暮らしに役立つと思うと生き甲斐を感じる。好きだから技術が見えてくるんです。まだまだ勉強中です。

菅 雄三スガ ユウゾウ

1952年 広島市生まれ
1975年 広島工業大学工学部土木工学科卒業
1978年 法政大学大学院工学研究科修士課程修了
同年 財)リモート・センシング技術センター入社
1979年 広島工業大学工学部助手、講師、助教授を経て教授に
2005年 AXA宇宙オープンラボで選定された「地球観測衛星情報を活用したリアルタイム電子国土情報ビジネス」のユニットリーダー

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