平成20年度採択案件/ビジネス提案型(旧制度)

共同研究実施体制

ユニットリーダー:住友林業(株) 筑波研究所 主任研究員 中村健太郎
ユニットメンバー:広島工業大学 教授 菅雄三
         京都大学 准教授 甲山治
JAXA研究者:産業連携センター 井上正


共同研究の背景及び概要

森林破壊により大量に大気中に放出される二酸化炭素の吸収を目的とした植林活動の推進が重要である。これらの対象地域では、環境データの整備が不足しており、また対象地域も広大なため、衛星情報の活用が望まれる。

本研究では観測衛星情報を活用した植林事業モデルの構築を目標として、観測衛星情報に基づく各種環境データ(泥炭土壌、樹冠径、樹高、地形等)の解析方法検討およびその有用性の検証を行う。


INTERVIEW

インタビュー

衛星データを活用して「放棄された土地」に植林事業を興す

住友林業株式会社
海外事業本部 海外開発部 グループマネージャー
安藤祥一

山手線約6個分、4万ヘクタールの土地で植林ができるかどうか。地図もなく1キロ歩くのに2時間かかる現地調査。高温多湿で土に足が埋まるほどの土地。現地スタッフですら次々病気になる。住友林業はついに情報を効率的に得るために、人工衛星のデータを使うことに決めた。「衛星データは敷居が高い」と思っていた彼らにとって、実際に使ってみた手応えはどうだったのか。海外事業本部・安藤祥一氏、同環境経営部・加藤剛氏に聞いた。


01. 現地調査に限界、衛星データの利用へ


JAXA:衛星データを植林に使おうと思ったきっかけはなんですか?

安藤:開発途上国で我々が植林用に借り受けられる土地を探すのが年々非常に難しくなっています。土壌が肥えたいい土地は地域住民達の農業生産に使われますから、植林事業の対象地になるのは、土壌がやせた泥炭地で焼き畑後に放棄された土地が多いんです。たとえば今、インドネシアで約4万ヘクタールの土地の植林計画を進めています。山の手線の内側6個分弱の広さがある。ここで植林できるかどうか、現地調査をしてきたわけです。

JAXA:山手線6個分をですか?

加藤:もちろんすべてはできませんから、一部の土地を抽出してサンプリング調査を行います。地図がなく道のないところを歩くと土に足が埋まっていくような土地で、1キロ歩くのに2時間もかかる。そういう場所に3週間入りっぱなしで調査するうちに、病気になる人もいる。これは無理だな、と限界を感じました。また部分的な調査では空間的な広がりをどうしてもつかむことができないのです。そこで効率的に情報を得るために衛星を使おうと考えました。

JAXA:これまで、人工衛星を使ったことは?

安藤:海外ではなかったです。敷居が高かったんですね。衛星データは高価なものだという金額的なハードルと、画像処理にそれなりの技術が必要だろうという技術的なハードルを感じていました。

JAXA:実際に話をしてどうでしたか?

加藤:宇宙オープンラボのホームページで問い合わせのメールを送ったら、数分後に電話がかかってきて(笑)、一度話をしませんかと。その頃(2007年末)はまだ手探りの状態でしたがとにかく要望を伝えたところ、考えていたよりも衛星技術は進んでいることがわかりましたし、価格帯としても陸域観測技術衛星「だいち」のパルサー(合成開口レーダー)やプリズム(立体視センサー)は利用可能だった。他社に先駆けて植林に応用できたらいいのではないかと考えるようになりましたね。

02. 予想以上に使えた「だいち」パルサーのデータ


JAXA:人工衛星に期待していたデータはなんだったのでしょうか?

安藤:やはり植生、土地利用、標高、土壌タイプですね。生育状況も把握したい。色々な段階があって、植林するかどうか未定の場合には簡単な情報でいいし、実際に植林を行う場合には権利の取得や、植林事業計画を立案するために詳細な情報が必要になります。

JAXA:実際にはどの衛星データを使ってどんなデータが得られましたか?

安藤:使ったのは「だいち」と、イスラエルの高分解能衛星EROS-B1です。熱帯の永遠の課題なのですが、東南アジアの熱帯は雲がよくかかっていて見えない。結局「だいち」の可視光センサー・アブニール2では1年間で雲なしでとれたのが1枚ぐらい。EROS-B1は2回リクエストをかけて1枚だけ。ほとんど奇跡に近いですよね。

JAXA:1枚ですか。想像以上に少ないですね。

加藤:でも1枚画像がとれるとかなりのことがわかります。高分解能衛星は80㎝ぐらいの分解能があり、1本1本の樹が識別できるので、樹冠径がわかります。樹冠径がわかれば、生物学的な手法を用いて、おおよその材積まで推定することが可能です。でも莫大な費用がかかるのと、土壌や水位はわからない。一方、「だいち」のパルサーは水をうまく抽出するので、水の状況や土地の用途がわかる。泥炭湿地の分布がある程度わかるんです。
 さらに天候に関係なく観測できるのもメリットです。応用の可能性は十分にあると実感したので、宇宙オープンラボの1年目からはパルサーにシフトしながら、データの検証を行っていこうと考えています。

JAXA:これまでの現地調査と比べてどうでしたか?

加藤:実は現地調査と衛星画像と2つの画像を並べてどこまで正確かを検証してみたんです。すると衛星データの樹木の高さは、必ず2割ぐらい実際より低く出ることがわかってきた。これは逆に解析方法を工夫すればカバーできます。
 もう一つ大きな発見は、現地調査のやり方そのものを見直すきっかけになったことです。現地調査の手法は長く変わらなかったのですが、従来の手法だけでは衛星利用に十分対応できないことがわかってきました。たとえば現地調査の計画には、地球観測衛星ランドサットの画像を使う事が多かった。でも土壌や水については「だいち」のほうが得意でより多くの情報を得られる。これからは「だいち」が新しいスタンダードになるかもしれない。「だいち」の利用を前提とした現地調査のスタイルも確立していこうと思っています。

03. 地元住民と協力して植林サイクルを軌道に


JAXA:2009年度からはどう進める計画ですか?

安藤:当初は樹高がよくわからないのではないかと考えていたのですが、ある程度見通しがたったので、水位などの情報について広域的に4万ヘクタール全体でデータをとれるかどうかやってみようと思います。土壌タイプや水位が植林をできるかどうかの大きな分かれ目になるからです。
 それから今年、試しに200ヘクタールの植林をやってみます。春頃に苗畑を作り始めます。この事業の間に成長がモニターできるか、逆にどれくらいの成長があればわかるのか。1年間に1~2メートルはのびるのでモニターできるのではないかと思います。

JAXA:それは楽しみですね。最終的な目標は?

安藤:現地調査と衛星の解析データから植林事業に応用できるようなシステムを作りたいですね。できれば既存のデータがないところで衛星データを使って、どういう形で開発していくか、つまり、残すべき森林と植林すべきところをしっかりとゾーニングして、実際にどう植林を行うのかをプランニングします。植えた後はどれくらい育っているかのモニタリングまで、さらにどのくらいの二酸化炭素がバイオマスとして固定されたかまで、衛星を使って言えるようになるといいと思います。

JAXA:なるほど、二酸化炭素の固定まで。

安藤:過去20年間、海外諸国が植林を行ってきましたが、木を一回植えておしまい。ほとんど失敗してその後は放置されています。温暖化にしろ生物多様性の問題にしろ、木を植えておしまいでは解決しない。現地の人たちのやり方を無視してやると、失敗するということです。大切なのは木を切ったら次にもう一度植えてサイクルを回してくこと。そうでないと、地元住民の理解も得られないし共存できない。それを目ざしているのがうちの植林事業です。

JAXA:地元と共存するということですね

安藤:そうです。インドネシアだけで350万ヘクタールが、農業も何もできていない放棄されている土地だと言われています。その中でも泥炭湿地は、乾燥すると二酸化炭素やメタンが大量に発生する。温暖化ガスの発生量で世界3位になっている。そういうところが植林事業の対象地となっています。地元の人はそこで焼き畑をするのですが、そうすると植物が二度と生えない土地になる。でも地元の人に焼き畑をやめろとは言えない。彼らも食べていかなければならない生活があるからです。
 だから我々は痩せた土地に植林をして産業を興し、雇用も創出する。もしかしたら工場を建設するかもしれない。地域社会を発展させないといけない。

JAXA:長い目で見たらとても大事なことですね

安藤:元々、住友林業は1894 年に新居浜の別子銅山後に失われた自然をとりもどすために、植林を始めたのが原点となっています。今後はその技術と実績を活かして、自分の会社だけでなく、政府や企業が衛星データを使って植林事業をするとき、植林デザインから実際の管理までを一連の業務としてコンサルティングできるようになれば、と思っています。

JAXA:衛星データを使って成功例を示せれば画期的ですね。

加藤:うちは大きな面積で事業をしようとしているので、失敗するとダメージが大きい(笑)。だから失敗するわけにはいかない。衛星データを活用すると同時に現地調査もシビアにやっていきますよ。

安藤 祥一アンドウ ショウイチ

1984年 東京大学農学部林学科卒業後、住友林業(株)入社
木材営業本部外材部米材グループ配属
1986年 同部バンクーバー駐在
1991年 営業本部
2006年 海外事業本部海外開発部グループマネージャー
宇宙オープンラボ「開発途上国における植林事業のための衛星情報活用モデルの構築」ユニットリーダー

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