フィジビリティスタディフェーズ
INTERVIEW
インタビュー
従来より1桁、精度の高い熱分析装置(熱膨張計)の実現に向け、
JAXAのノウハウをあますことなく活用!
アドバンス理工株式会社
研究開発部 部長 島田賢次 氏 研究開発部 開発課 課長 遠藤聡 氏
JAXAが宇宙機や航空機の開発で培ってきたノウハウを活用することで、飛躍的に精度を高めた熱分析装置が開発されようとしている。アドバンス理工株式会社が培ってきた熱分析技術と、JAXAがもっている高度な研究環境や豊富な知見が「JAXAオープンラボ公募」制度により融合し、超高精度の熱膨張測定市販装置が誕生しようとしているのだ。
01. 熱分析の技術で世界をリードしてきた
JAXA:御社についてお聞かせください。
島田:創業は1962年です。当初は精密機器部品などを作っていました。1966年から熱分析・熱物性測定装置を作る事業をスタートし、いまもそれらの装置の製造・販売を事業のメインのひとつとしています。
JAXA:熱分析・熱物性とはどんなものですか?
島田:熱分析とは、ある物質が温度によって変化する科学的、物理的な変化を計測する事です。測定の対象となる現象には酸化による重量変化などがありますが、それらのひとつに、熱膨張というものがあります。
JAXA:熱膨張とは?
島田:たとえば、夏になると鉄道用レールが伸びることはよく知られていますよね。レールに限らず、じつはどんな物でも温度が変われば、伸び縮みするのです。ですので、モノづくりでは、温度変化よる製品の伸び縮みをできるだけ抑制したり、伸び縮みしたとしても支障を来さないように設計したりすることが大事になります。そのために、どれだけの熱をあたえると、物がどう伸び縮みするかを測る必要があります。その方法を熱膨張測定といいます。温度の変化によって物が膨張・収縮する割合、つまり熱膨張率を測るわけです。
JAXA:熱膨張測定を必要とする製品はどんなものですか?
島田:代表的なものは、USBメモリやCPUなどの半導体製品を作るための装置です。半導体製品の微細化はいまやナノメートルのレベルまで進んでいますから、それを作るためのステッパーやフォトマスクなどの装置や部品を、できるだけ熱の影響で膨張させないことが求められているのです。
JAXA:どんな方法で熱膨張測定をするのですか?
島田:大きな製品には差動トランスという位置変位を電気変位に変換するしくみを使うなど、いくつかの方法があります。でも、熱の影響をナノメートルレベルで測るとなると「レーザー干渉法」が欠かせません。これは、レーザー光を2つ以上の光路に分け、試料の両端で反射させた後、再び重ね合わせることで起きる干渉縞という縞模様から熱膨張のしかたを測る方法です。この原理を使った熱分析装置を規格品として商用販売しているのは、世界で私どもだけです。
02. 「もう1桁、精度よく」に応えるべくオープンラボ公募にエントリー
JAXA:オープンラボを始めたきっかけはどんなものでしたか?
遠藤:JAXAの研究者から、そういう制度があるというお話を聞いて応募しました。もともと、半導体製造装置メーカーのお客さまなどから、「もう1桁、精度よく熱膨張率を測定することはできないものか」といったご要求を受けており、「どうにか実現したいけれど、ノウハウもリソースも限りがある」と地団駄を踏んでいました。そんななか、JAXAの研究担当者が、私どもの分析サービス部門にいらっしゃったんです。JAXAも宇宙空間で人工衛星がどう熱変形するかを正確に予測するために、精密に熱膨張率などを測定することが必要で、私どもにご相談に来られました。いまより1桁、精度よい熱膨張を実現したいという課題を、私どももJAXAも共通でもっていたわけです。
島田:エントリーに必要となる研究提案書に、私どもで目指している温度や膨張量の分解能などの目標を書くなどして応募した結果、2013年度から3年間の期間ということで採択していただきました。
03. 自社で得られぬ知見で研究開発が進捗
JAXA:実際の共同研究はどのように進みましたか?
遠藤:私どもとJAXAの方々とで、毎月一度の頻度で定例ミーティングを行い、進捗状況やその時点での成果などを共有しました。また、試作装置をJAXAの筑波宇宙センターに持ち込んで、そこで実験したりもしました。
JAXA:各年度の取り組みについてお聞きします。
島田:1年目は、装置に使う材料をどうするかなど、基礎設計を行いました。JAXAは、私どもに比べ格段に性能の高いシミュレーション技術をおもちでした。ロケットの打ち上げ時にかかる応力の予測などに使っているそうで、「さすがJAXA、すごい」と感じました。とくに有効だったのは、振動解析のシミュレーション技術ですね。空気の振動さえ分析装置の状態に影響をあたえるので、そうした影響を抑えるための技術を実現すべく、シミュレータを駆使し解析しました。
遠藤:材料の選定についても、JAXAがおもちの知見の多くを活用させてもらいました。重力の影響を受けない軽量で、かつ歪みの少ない材料が必要ですが、JAXAは航空機や宇宙機の開発で、そうした材料の知見を十分におもちです。試料のセッティング部分に、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)を使うなど、選定を進めました。
JAXA:2年目はいかがでしたか?
島田:試作してはその装置で測定をし、その結果をフィードバックして、より性能と安定度のよい装置をまた試作する。その繰り返しでしたね。
遠藤:この段階でとりわけ役立ったのが、宇宙分野で実施されているエラー解析技術でした。FTA(Fault Tree Analysis、故障の木解析)と言うそうで、可能性のある問題の原因を列挙して、ひとつひとつ潰していくのです。
島田:それぞれの問題の原因がどれだけ起因していそうかを、シートに書き込んで、重そうなものから潰していきます。たいへん役に立ちましたね。普通に暮らしていては気づかないような原因の可能性も、JAXAは示してくれました。
遠藤:もうひとつ、JAXAの極めて優れた試験環境を使えたのも大きかったと考えています。それは、温度や振動などの影響を極限まで小さくした試験環境です。私どもの試験環境で測定すると、何度やってもデータの再現性を得られず、島田がずっと悩んでいたんです。そのデータと、JAXAの試験環境でのデータを比べることにより、どうすれば、一般的な試験環境でも再現性あるデータを得られるかがわかってきました。商品としての熱膨張測定市販装置は、さまざまな状況で使われますから、どんな環境でも再現性を得られることが製品化にはとても重要なんです。
JAXA:3年目以降はどうでしたか?
遠藤:多くのお客さまに使っていただけるよう、商用化をめざして改良を重ねていきました。ご使用いただきたい企業に普通に買っていただけるためには、価格を抑えることが必要です。
島田:それとともに、どんなレベルの技術をおもちの方であっても、簡単に試料を扱えるような分析装置にすることも、商用化には重要ですので、改良を重ねていきました。
04. 「ここまできれいなデータをとれるとは」
JAXA:装置の市販化に向けての目処はいかがですか?
遠藤:ひきつづき、多くのお客さまに使っていただける装置にすべく、価格を抑えるための努力などに取り組んでいますが、2020年ごろには、1桁精度の高い熱膨張測定市販装置として、世に出せられたらなと考えています。
JAXA:オープンラボを利用しての成果はどのような点にあると思いますか?
遠藤:今回開発した熱膨張測定装置で計測された熱膨張の再現性を得られるようになった点は、やはり成果として大きかったと思います。オープンラボの審査委員の先生たちにも「ここまできれいなデータを取れるようになったのですか」と驚いていただきました。
05. JAXAにはたくさんの“お宝”がある
JAXA:「JAXAオープンラボ公募」に興味をもっている他の企業の方々に、メッセージをお願いします。
遠藤:宇宙や航空の分野の要素技術をJAXAはたくさんおもちです。宇宙航空産業では使われているものの、ほかの分野にも適用しうる技術はたくさんあるはずです。みなさんの会社がもっていらっしゃる技術とのマッチングを上手にとっていただき、リスクが高くて踏み出せないでいた新たな分野に、ぜひ挑戦されてみてはいかがでしょうか。
島田:私たちの会社は従業員100人未満の小さな規模です。新たに開発をしようとしても知識、マンパワー、資金などの資源が十分でなく、なかなか踏み出しにくいことがあります。けれども、お客さまからは、より高度なご要求をいただきます。そのふたつの間で悩んでいるという研究者や開発者は私どもだけでなく、世の中に多くいらっしゃることと思います。そうしたなかで、資金的にもそうですが、経験や知識、高度な技術をおもちのJAXAと共同で研究することができたのは夢のような話でした。「機会があればぜひやりたいのだが、踏み出せないでいる」とお感じの研究開発者のみなさんには、ぜひ、門を叩いていただきたく思います。自社の技術力を高めることにになるとともに、社会の要素技術に貢献することにもなると思いますから。JAXAには、たくさんの“お宝”がまだまだあると思います。