フィジビリティスタディフェーズ
(Japanese) 高精度到来方向推定法に関する基礎検証

ユニットリーダー:サカセ・アドテック(株)(福井県) AMC事業部長 酒井 良次
ユニットメンバー:株式会社ウェルリサーチ 代表取締役 渡辺 和樹
JAXA研究者:宇宙科学研究本部 宇宙構造・材料工学研究系 助教授 樋口 健
インフレータブル(膨張)構造はその軽量、高収納率、少量構成品の特徴を活かし、当構造ならではの超軽量大形宇宙構造物や、コンパクトに折畳み収納し宇宙で大面積に展開する中・小型衛星搭載機器の実現するための有力な構造である。
本提案では、本格的な実用化へのネックとなっている宇宙硬化技術の確立と従来の研究成果の結合を図り、当構造技術の実用化の見通しを得る。
サカセ・アドテック株式会社 取締役AMC事業部 事業部長 酒井 良次
JAXA:まずは宇宙産業と、サカセ・アドテック(株)さんのつながりについて伺いたいと思います。もともとは織物の会社でいらっしゃいますよね?
酒井:そうです。主にインテリアや衣料品の織物を作っていた酒清織物というのが私の家業なんですが、1988年に新事業の一部門でサカセ・アドテックという会社を設立しました。それが今の会社です。
当時は、炭素繊維やアラミド繊維などの先端複合材用途への展開を図っていました。この事業展開の中で特徴を出したいと思い、アメリカから「三軸織り」の技術を導入し、さらに改良することや、用途開拓に着手しました。当時、日本でこういった複合材が使われる分野は主にスポーツ用品関係でしたが、アメリカの航空宇宙分野では衛星などへの炭素繊維の採用が始まったころだったのです。そこでわれわれもチャンスだと思い、アメリカの先端材料展に出展するなどして、マーケティングをスタートさせました。
JAXA:宇宙分野のお話が酒井さんのところへきたのはどのようなきっかけだったんですか?
酒井:展示会の中のディスカッションを通じて、アメリカで衛星を作っていた大手のメーカーから「これを一緒に使えるようにしたい」というお話をいただいて、約2年間、議論しました。ところが、私どもの材料開発から衛星へのシステム・インテグレーションまで半年間というプログラムがもち上がり、そのプログラムをなしとげるお手伝いができたことによって、大きな信頼を得ました。本当に未知への挑戦でした。たとえば、宇宙環境というのは、温度、紫外線、放射線など厳しい条件をクリアしたものを作らなくてはならないので、やはり難しいですからね。
JAXA:「三軸織り」とはどのようなものですか?
酒井:竹かごの構造と同じで、三方向に繊維を配交したものです。そのため、締めたらきわめてほどけにくい。縄文時代の中期の出土品からも出てくるほど、先人の知恵で非常に安定した構造だということがわかっています。
宇宙では軽量化が極限まで求められますから、少ない繊維量で剛性が出せる三軸構造はアンテナなどに最適なのです。もちろんそれだけでは使えないので、熱膨張率を限りなくゼロに近づけたり、電波反射率、透過率などの基礎研究も全部入れて材料開発を行いました。
その成果があり、1995年ぐらいにアメリカの衛星メーカーから認定をいただき、使用が始まりました。その後すぐヨーロッパ、最後に日本のメーカーでも採用されるようになりました。
JAXA:日本のプロジェクトで最初に使用されたのは火星探査機「のぞみ」ですね。
酒井:そうです。「のぞみ」のアンテナの反射鏡でした。その後、小惑星探査機「はやぶさ」に使っていただいて、ホーンアンテナや導波管といったコンポーネントも私たちで作りました。この頃から材料だけでなく、三軸構造の使い方や特徴のアピールも考えて、製品化事業に踏み込んでいきました。
JAXA:そうすると、この段階でアンテナの材料についてはほとんど技術として完成していて、そこから次のステップにいくというところで「インフレータブル構造」の話が出てくるわけですね。
酒井:はい。三軸構造のひとつの特徴なのですが、折り畳んでも繊維にダメージを受けないのです。形状保持性があるんです。それなら、小さく折り畳んで打ち上げ、宇宙に行ってから大きな構造を作る「宇宙インフレータブル構造」に材料としてマッチするのではないかということで、90年代の終わりぐらいから宇宙インフレータブル構造の基礎研究をスタートさせたわけです。
2003年に、この技術の可能性をもっと広げようということで、東京大学で数回、会合をさせていただきました。
JAXA:そこでは、どのような議論がなされたのでしょうか?
酒井:そのときの会合は今でいう産学官連携の走りみたいなもので、16大学21研究室の賛同を得て、この技術をどのように活用していけばいいのかという議論を行いました。
まずは材料のさらなるカスタマイズ、それからインフレーション技術も含めた構造、そして宇宙での硬化技術、どういった形が作れるのかなど、構造技術全般の話を進めました。
一番の課題は、この技術が使えるミッションは何かという点でした。その後、紆余曲折がありましたけれど、やはりJAXAさんとの共同研究が宇宙に一番の近道だろうということで、宇宙科学研究本部の樋口先生がJAXA側のリーダーになり、オープンラボに応募して選定されました。それで共同研究が始まったというのが2005年ですね。
JAXA:いよいよ宇宙オープンラボでの研究がスタートしたわけですね。
酒井:はい。2005年度の下期から2008年度の上期までの3年間、「宇宙インフレータブル構造技術の研究」ということでユニットを組みました。宇宙実証の機会獲得を最大の目標として共同研究をお願いしたのですが、成果は観測ロケットで2件、民間の小型衛星で1件、そして「きぼう」日本実験棟の船外実験プラットフォームの第2期利用計画ということで、計4件の機会を得ることができました。特に「きぼう」の船外実験プラットフォームの第2期利用計画では、宇宙硬化や当構造の長期運用データなどの取得ができるということで、非常に期待しています。
JAXA:宇宙での実証的機会を得るためには、やはりJAXAと一緒に研究するということに意味がありますか?
酒井:非常に意味があります。外からでは分からない細かなアドバイスもいただけますし、非常に効率的ですよね。それと、JAXAさんがどういうものを欲しがっているかといった議論もできます。
JAXA:オープンラボでの具体的な活動内容について教えていただけますか?
酒井:私も数字に置き換えて改めて驚いたんですが、有識者を加えた技術検討会が、3年間で26回も行われたのです。それだけ密度が高かったからこそ、宇宙実証の機会獲得などが実現したということですね。いろいろな文献調査や市場開拓といったマーケティング活動、基礎調査もきちんと進めた上で、コラボレーションを図ってきました。
それからスピンオフの方では、文化財修復保存ですね。東京文化財研究所、奈良文化財研究所、東京芸大、東京国立博物館で、26回の検討会の後半はこういった連携活動を主体にして行われました。私たちも楽しんだし、世界も広がりました。これもまた思いがけない用途展開につながって、バーミヤン遺跡流出壁画の修復に使われました。ネットワークというのは本当にすごいなと改めて感じましたね。企業単独ではそこまで広がりません。
JAXA:一企業では絶対に成しえないことですね。しかも非常に短期間に集中していろんなことができますし。
酒井:私もここまでいくとは思いませんでした。1件ぐらい宇宙実証の機会があればやった甲斐があるかなと思っていましたが、3年間で研究がものすごいスピードで深まりましたからね。
ネットワークというのは、普通プロジェクトが終わると解散しますよね。しかしこのネットワークは、まだまだ続いているんです。個々のネットワークごとに、いろいろな課題があるんです。その課題解決が続いているので、参加された方皆さんそうだと思いますが、オープンラボが終わったという実感がないんです。引き続きいろいろなプロジェクトが続いているので、同じような頻度で顔を合わせていますね。
JAXA:酒井さんとしては、今回の宇宙実証以降のビジョンはすでにお持ちなのでしょうか?
酒井:今回これだけの機会を獲得できたのは、小型衛星用というところに絞り込んだからなのです。それが一番、われわれの技術が役に立つんじゃないかと考えたんです。
今、小型衛星の宇宙利用というのは一つの旬な話題ですよね。小型衛星といっても、大型衛星の最初のころぐらいの出力がある。そういうミッションでまずはお役に立って、将来的には大型構造物につながっていければと思っています。
アメリカですと、今、開口径110m以上のアンテナの基礎研究をスタートさせています。衛星本体は電子技術の発達でどんどん小さくなりましたが、アンテナやラジエーター、それから太陽電池パネル、これらは逆に、大きければ大きいほどいいわけです。近い将来には、月・火星探査も含めて大型宇宙構造物が必要な時代がやってきます。
JAXA:絶対にそういう時代が来ますよね。
酒井:まだちょっと遠い将来というか、あと十数年かかると思いますので、それまでの間に戦略的には小さいものからどんどん大きくしていこうという考え方でおります。それに関連して、宇宙工法のようなことも考えています。インフレータブル構造の3本の板で柱を作ろうということで、これを今度の「きぼう」のインフレータブル・エクステンションマストという実験で実証しようと思っています。
JAXA:インフレータブルで伸展しながら、3本がかみ合わさって1本の柱を作るということですか?
酒井:はい。そうすると、宇宙で家を建てられるんじゃないかというイメージも出てきますよね。 あとは、アメリカはすでに研究しているのですが、インフレータブルウィング、航空機の翼です。NASAはもう実験しています。こういうことにも使えるのではないかと思っています。その他、マイクロサットのデブリ防止用のバルーンが考えられます。今のマイクロサット級だと、高度は600キロメートルぐらいで、落ちるまでに100年かかるというんです。それを20年から25年ぐらいで落としたい。きわめて薄いですけれど空気がありますから、バルーンをふくらまして空気の抵抗を使えばいいということで商品開発を進めたものがあります。
JAXA:インフレータブル構造といっても、用途に応じていろいろな構造のものがあるわけですね。
酒井:そうですね。開き方も、20分ほどかけてゆっくり開くものから、瞬間的に開くものまでいろいろです。それだけインフレーションの技術も、研究成果として実証できました。スペースフレーム型のインフレータブル構造など、形的にも面白いものがいろいろありますよ。