J-SPARC 宇宙イノベーションパートナーシップ

JAXA
出会って見つけた「宇宙」と「防災」の共通点 
知見の掛け合わせが食の課題を解決する 

防災分野における新たな食ビジネス

宮城県名取市に本社を置く株式会社ワンテーブル(ONE TABLE)は、東日本大震災での被災経験や支援活動によって得られた気づきや知見を活かし、事業展開してきた企業です。5年間備蓄できるゼリー「ライフストック(LIFESTOCK)」の開発に世界で初めて成功しており、水・電気・ガスが必要なく、災害発生時など、あらゆる場面での活躍が期待されています。2018年8月にはJ-SPARCでの共創活動「BOSAI SPACE FOOD PROJECT」がスタート、宇宙と防災の双方の知見をかけあわせた新たな食品の開発を目指しています。取り組みを共にするワンテーブルの代表取締役社長・島田昌幸氏と、J-SPARCプロデューサーの菊池優太が、「宇宙と防災の食の可能性」をテーマに対談を行いました。

「命の尊さ」という共通のテーマ

J-SPARCプロデューサー・菊池優太(以下、菊池):JAXAは2018年5月、民間企業と新たな事業を共創をするための研究開発プログラムとして、J-SPARCをスタートさせました。その中でも「衣食住」は、新たな領域として着目していたカテゴリーでした。

2019年は、自らお金を払って宇宙に行く人が出てくる本格的な「宇宙旅行元年」と言われています。宇宙飛行士が宇宙で生活するために開発された宇宙食のあり方が、宇宙旅行用となるとニーズもきっと変わってくるはずです。

今年はちょうど、アポロ11号の月面着陸からから50年という節目の年でもあります。世界の意識が月と火星へと再び向き始めているタイミングで衣食住分野のパートナー企業を探していた私に、広告代理店出向時代の同僚が紹介してくれたのが島田社長でした。

ワンテーブル代表取締役社長島田昌幸氏(以下、島田氏):出会いはそうでしたね。僕たちの会社は、東日本大震災で被災しました。震災から学んだことは、命の尊さ。命は平等で、公平で、誰もが向き合っていかなきゃいけない。そのことを、感じさせられました。

そんな折、「宇宙への挑戦は、生命の原点を探すためでもある」という考えを知りました。これは「命の尊さ」ともつながります。同じテーマを持つ両者が出会い、「BOSAI SPACE FOOD PROJECT」がスタートすることとなりました。

菊池:宇宙開発は、突き詰めれば「命や地球の起源の探求」にたどり着きます。他方、新たなフロンティアを目指すことは、2度のスペースシャトル事故の歴史に代表されるように危険を伴うものであるため、徹底的に安全性・信頼性を追い求めます。「命の尊さ」というテーマは、実は宇宙開発を担う私たちが社会に対して語っていくべきこと、語っていかねばならないことの一つとも言えるのです。

2018年8月30日の「BOSAI SPACE FOOD PROJECT」発表会の様子

被災経験が生んだ
「ライフストック」

菊池:JAXA職員である私は、東日本大震災のあと何度も自問自答しました。震災で苦しんでいる人が大勢いる中、宇宙開発は何の役に立っているのか、有人宇宙ミッション、惑星探査をこのままやり続けるべきなのか、と。でも、子ども向けの宇宙教室キャラバンで出かけた岩手県陸前高田市で、ある被災者の方から「なんでJAXAがこんなところにいるの?あなたたちは先を目指して頑張って!こっちは大丈夫だから」と言われてハッとしました。私たちはどんなことがあっても先を見据えその実現に向けて一歩ずつ前へ進めることが使命であり、それが将来的に人の命を守ることや未来をもっと良くすることにつながる、そう気づかせてもらった瞬間でした。

(株)ワンテーブル 代表取締役社長 
島田昌幸氏

島田氏:東日本大震災では、震災関連死に該当する方も大勢いらっしゃいました。その要因の一つに「誤嚥性(ごえんせい)肺炎」がありました。水がなく、口腔衛生状態も良くない環境だと、食べ物が誤って肺に入っていまい、菌が繁殖してしまうのです。被災地には、水がなくても、赤ちゃんでも、うまく咀嚼できない高齢者でも、誰もが安心して食べられるものが必要でした

こうした課題を解決すべく、当社が7年かけて開発したのが「ライフストック」です。使われている充填(じゅうてん)パッケージの技術は、特許申請中なので詳しくはお話しできないのですが、中でスープなどの食材を組み合わせて、レシピをコントロールできることが特徴の一つです。

JAXAの宇宙日本食認証には、1年半の賞味期限ルールを満たす必要があります。一方で、防災備蓄食の賞味期限は5年間。賞味期限を延ばすには、菌の繁殖をコントロールする技術が不可欠で、実は「宇宙」も「防災」も、食では同じ課題を抱えていたのです。

宇宙の視点から地球を見る

島田氏:東日本大震災から5カ月後、「誰もが予想しない掛け合わせで産業を生み出していく」を目標に、会社として10カ年計画を立てました。震災対応当時の私はアドレナリンが出ており、ある意味「ハイ」な状態でしたが、18歳でベンチャー企業を創業した当時の状態を思い出しました。

当時は、がむしゃらに避難所への支援をしながら、なぜ阪神大震災から備蓄の文化や環境が変わっていないのか、考えました。例えば、女児用の18センチの靴が一つほしいだけなのに、積まれた2万箱のダンボールには、「女の子 靴」としか書かれていない。梱包を開ける側としては、なんだか非効率に感じることもあるわけです。そこで我々は、独自に仕分け拠点を立ち上げ、刻々と変わる避難生活のニーズに1日単位で対応していきました。赤ちゃんの哺乳瓶の乳首を1個買うためだけに、新潟まで足を運んだこともあります。

こうした被災地での課題解決の経験は、仕組みとして残さなければ風化します。こうした経験や思いが、「ライフストック」開発の背景としてあるのです。

「ライフストック」パッケージイメージ

J-SPARCプロデューサー 
菊池優太  Profile

菊池:宇宙開発は、国家プロジェクトといった印象などから、世の中の一部の人しか参画できない、ビジネスとしても成立しづらいと思われがちで、その障壁をどうすれば乗り越えらえるか模索していました。今回島田さんと議論するうちに、JAXAのエンジニアが乗り越えてきた経験やノウハウといった「ソフト面」の蓄積が、実は別の分野でも役立つと気がつきました。宇宙関連の開発や研究が、人々の生活にも貢献できるということを、防災とのつながりから学ばせていただいています。

島田氏:僕は、宇宙の視点から地球を見ることで、さまざまなことを学ばせていただきました。例えば、あらゆる可能性を否定しないようになった。これはJAXAが以前から持ち合わせていた姿勢でもあり、それは本当に素晴らしいことだと思います。

「宇宙」と「地球」の掛け合わせは無限大

島田氏:被災から8年目にして、ようやく戦略が形になってきました。ワンテーブルは近いうちに上場を目指せるところにまで来ています。僕たちが、「ありがとう」と言う側から、「ありがとう」と言われる立場になった瞬間。そこで初めて復興が終わるのではないかと考えています。

菊池:JAXAとしてもたくさんの人から「ありがとう」と言われることを目指したいですね。「BOSAI SPACE FOOD PROJECT」の狙いは、一つのプロダクトを生み出すだけではなく、たくさんの企業や自治体が参画できるビジネスプラットフォームを構築すること。これについても、今後一層、進めていければと考えています。

島田氏:この春からは、本プロジェクトにパートナーとして様々な企業・団体が加わっています。新しい介護食など、新たな開発プロジェクトが続々と始まる予定です。5月にはワンテーブルのハブとなる工場が竣工します。アジアの「防災拠点工場」として、スピード感をもって生産していくつもりです。
僕たちの開発活動は、介護が必要な方や、障害を持った方の食のレパートリーを増やすことにつながります。さらには、貧困国や紛争国での食の課題解決にも貢献できると考えています。宇宙の課題解決を目指し、地球の課題も解決していく。宇宙の技術を地球に反映させると、地球規模で拡大していく。可能性の掛け算は無限大なのです。

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