2022.3.10 

(Japanese) 世界の「超小型衛星革命」に乗り遅れるな―日本に危機感 ~超小型衛星利用シンポジウム2022 レポート(前編)~ 

世界の「超小型衛星革命」に乗り遅れるな―日本に危機感  「世界で超小型衛星革命が起こっている」。超小型衛星の「生みの親」でもある政府の宇宙政策委員会委員 中須賀真一氏は、2022年1月18日、産業振興や宇宙利用拡大を目指して開催された「超小型衛星利用シンポジウム2022」(主催:JAXA新事業促進部)のオープニングで語り、自身が感じる危機感を続けた。 (キャプ)宇宙政策委員会委員の中須賀真一氏。超小型衛星「生みの親」として知られる。  「NASAは年間約300億円、ESA(欧州宇宙機関)は約20億円、中国も含めて、超小型衛星に官民による大きな投資が起こっている。これらの投資で力をつけた企業がビジネスを始め、宇宙探査衛星、実用衛星も含めて低コストで確実に実施するエコシステムが世界中で起きている。日本も早く追いつかないといけないという危機感をもっている」。  100㎏以下の衛星を「超小型衛星」と呼ぶ。そもそも1kg級の超小型衛星(10cm立方=1U、「キューブサット」と呼ばれる)を世界に先駆けて打ち上げたのは、日本である。東京大学と東京工業大学の学生たちが世界最小、手のひらサイズの衛星を打ち上げことがきっかけとなり、超小型衛星開発が世界に広がる。それから約20年。50㎏以下の衛星は年400~500機以上打ち上げられ、情報調査会社ユーロコンサルによると、今後約10年の間に500㎏以下の衛星が約1万機打上げ予定だという。  「大事なことは、超小型衛星が教育や実験でなく、『実用』で使われていること。NASAでは超小型衛星による実宇宙科学探査プログラムが起こっている」。中須賀氏は、世界の画期的な超小型衛星ミッションの具体例をあげた。  例えば系外惑星を探査するNASAの「ASTERIA(アステリア)」。10×20×30㎝、12㎏と超小型ながら、高い姿勢制御能力を実現。「MarCO(マルコ)」(34×24×12㎝、13.5㎏)は火星着陸機の電波を地球に中継する。アメリカばかりではない。カナダのトロント大学は世界中から20~50㎏の宇宙科学・観測プロジェクトを多数受注、欧米の複数のスタートアップは3~6U衛星を一社当たり20~100機受注しているという。  「日本でも超小型衛星を使って宇宙科学をやろうという動きがあるが、日本で(衛星の製造を)頼めるところがないために、海外のスタートアップに発注する話が出ている。これは非常にまずい状況だと思います」(中須賀氏)  日本が先駆者だった超小型衛星。20年の間になぜこんなに差が開いたのか。 「日本と海外の宇宙機関をはじめとした政府のマインドに大きな差があったのではないか。政府による継続的・戦略的投資のあるなしが大きな差を生んできたと考えている」と中須賀氏は指摘する。 ●NASAの超小型衛星戦略とは (キャプ)MarCO(Mars Cube One)の想像図(提供:NASA) 具体的にNASAは超小型衛星についてどんな戦略をとってきたのか。中須賀氏によると、戦略は主に3つ。一つは10年ごとに全米科学アカデミーの宇宙部会等が定める基本計画(Decadal Survey)。宇宙物理学や惑星科学、地球科学などを対象に、超小型衛星で研究できるものは、どんどん使っていこうと舵を切ったこと。2つ目が深宇宙探査用星の機器開発や超小型衛星のシリーズ化。そして3つ目が大学と組んだ技術開発だ。  大学との連携では2013年から始まったSTP(Small Satellite Technology Partnership 小型衛星技術パートナーシップ)が知られる。ある年は『通信系』別の年は『フォーメーションフライト」など毎年テーマを決め、いい提案をした大学にNASAは予算と人を送り込む。宇宙技術に知見のあるNASA経験者が入り確実な開発を行う。また大学で技術開発の経験を積んだ教授がNASAのプロジェクトのリーダーになるなど人材交流が盛んだ。「(STPは)NASAに超小型衛星プログラムができる一つのきっかけになっている。日本でもこのような人材交流も含めもっとやっていかないといけないのでは」と中須賀氏は訴える。  ESAはやや出遅れたものの、2018年ごろから深宇宙探査も含めて急速に超小型衛星への取り組みが加速しているという。一つの結果としてセンサーの超小型化が進んでいる。大学などが超小型衛星用のセンサーや機器を作ったら衛星プロジェクトで実証する。打ち上げというインセンティブが与えられるから、モチベーションが上がり開発が加速するという。  「大事なのは、衛星を宇宙に打ち上げる宇宙ミッションを継続的に実施すること。日本では衛星開発や打上げのための費用を科研費(科学研究費助成事業)や内閣府の予算を他分野と競争してとるしかない。継続した宇宙分野の超小型衛星への投資がなかった。一方、世界では官民からの投資で力をつけた企業が、今、世界の潮流である小型衛星コンステレーションの世界に乗り出している。SpaceX、プラネット(Planet)、スパイア(Spire)は、政府にも画像やデータを販売するビジネスを行っている」  日本はどう太刀打ちするのか。そこで開催されたのが「超小型衛星利用シンポジウム2022」だ。世界の状況を知り、日本の立ち位置を確認し、危機感を共有する。「宇宙科学探査や地球観測など、日本における超小型衛星実用の可能性を探りたい。日本でも超小型衛星で意味のあるミッションを実現できる技術やノウハウがあり、挑戦できる人材が存在することを政府に示しましょう」中須賀氏は大学や研究機関、企業関係者などに呼びかける。 ●宇宙探査・地球観測・技術分野などから30を超える発表  シンポジウムでは宇宙科学、探査、地球観測、超小型衛星の技術開発など6つのセッションで30を超える発表が行われた。  例えば東京都立大学、北海道大、JAXA宇宙研らによる「GEO-X」は地球磁気圏の大局的な構造の可視化を、世界で初めて実現する超小型衛星だ。月付近の高度から広視野でX線による可視化を狙う。予算を既に獲得し、太陽活動の極大期である2023~2025年、H3ロケットなどの相乗り機会を狙い、打ち上げる予定だ。  一方、同じX線でも理化学研究所などが開発する「NinjaSat」はブラックホールや中性子星などX線で明るく輝く天体を観測、地上の望遠鏡と連携し多波長同時観測を狙う。最大の動機は若手研究者が宇宙で活躍する場を作ること。大型の科学衛星の場合、プロジェトサイクルは10年を超え、研究者人生の間に実現する可能性が薄れつつある。そこで超小型衛星に注目。研究者は「結果を出してなんぼ」の世界。ペイロード(観測機器等)に全力投入するため、衛星バス部は購入することにしたものの国内にミッションに合うメーカーがなく、リトアニアの経験豊富な企業から購入した。2023年4月に米国のシグナス宇宙船でISSに運び、ISSから衛星を放出する予定だ。 (キャプ) NinjaSatイメージ図(提供:理化学研究所)  ほかにも産学連携で目指す民間気象衛星(株式会社ALE)、太陽系の姉妹惑星系発見しようとするLOTUS(東京大学)など、超小型衛星ならではの特徴をいかした革新的かつ野心的な様々なミッションが紹介された。 (キャプ)銀河宇宙船を用いて月面の水資源探査や、土木建築の現場における応用を目指す発表も  一方、先進的なミッションを実現するには技術開発が不可欠だ。センサや姿勢制御装置など性能が高く小型軽量化を図る機器開発の現状やビジョン、商業利用のための超小型衛星宇宙実証に関する発表が相次いだ。その一つが九州工業大学。6Uキューブサット(34×22.6×10㎝、7.5㎏)は5mの分解能と20Mbpsの画像伝送能力をもつ。ミッションは「例えばスタジアムの人文字を衛星で撮影し、試合中に画像データをおろし大画面に投影するなどエンタメを考えている」とのこと。キックオフから衛星完成までほぼ1年半。ISS軌道に放出し実証に成功すれば、九工大の技術を移転し民間企業によって衛星製造を受注するビジネス等をスタートさせる計画だ。 (キャプ)九州工業大学の趙孟佑教授 (キャプ)3Uサイズの市販カメラで撮影した画像 東京大学・中須賀研究室と連携し、事業化に向けて2018年に創業したスタートアップがアークエッジ・スペースだ。様々な種類の複数の超小型衛星を低コストで実現するため、標準的な汎用バスシステムの構築を目指す。コンポーネントについてはオプションを用意し、組み合わせることで顧客が求める性能や価格帯に合わせる。経済産業省の事業に採択されており、今後5年間で4種類7機の軌道上実証を予定している。 (キャプ)アークエッジ・スペースCTO松下周平氏による発表 ●JAXA「新しいプログラムを検討中」  NASAは超小型衛星で深宇宙探査に乗り出している。ただし、その実力は日本にも既にあると中須賀氏は指摘する。「東大では超小型深宇宙探査機プロキオン(PROCYON)や、エクレウス(EQULEUS)を開発しています。(エクレウスはNASAのSLSロケットに相乗り予定)を開発しています。たまたまプログラムがついたために実施できるが、継続して政府から予算が出ているわけではありません。」 (キャプ)NASAのSLSロケットに相乗りし深宇宙探査を行うエクレウス(EQUULEUS) のイメージ図(提供:JAXA、東京大学)  シンポジウムでは多数のミッションの検討状況が紹介され、中には開発が完了している技術があるにもかかわらず、実行できない。「たなざらしの状態」だと中須賀氏。一方。理化学研究所のNinjaSatが海外のスタートアップに衛星バスを発注したことについては「彼らも実証ですから手堅い企業に行くのは当然。問題は、日本で衛星開発の力があるのに政府のプログラムがなく、実証の機会がないこと。企業が衛星バスを作り、大学やJAXAと組んでミッションを実行するというトレンドを作らないと」と力を籠める。  シンポジウムの最後にJAXA新事業促進部の原田正行氏は「超小型衛星の実用化の出口を見据えた新しいプログラムを検討中」であると述べた。「国内の事業者の輸送機を活用して、人工衛星開発に携わる皆さんとの共同研究や共創活動などを通じて一緒にミッションを検討することなどを幅広く考えている。きっと喜んで頂けるプログラムになると思っている」。  (キャプ)過去にJAXAが取り組んできた超小型衛星の打ち上げ・放出機会 超小型衛星の先駆者である日本の技術が宇宙で実際に活用されるために、どんなプログラムが発表されるのか、注目だ。 (レポート:ライター 林公代)