次世代最先端宇宙服の
技術を用いた冷却下着

次世代先端宇宙服用冷却下着の研究成果を活用し、JAXAオープンラボ公募制度で民生化に向けて改良を行い、商品化しました。
過酷環境条件での作業服(消防服、化学防護服)への適用や、炎天下作業時の熱中症対策などにも効果が期待されています。

【商品化企業】
・日本ユニフォームセンター
・帝国繊維株式会社
※ 詳細情報又は購入については、商品化企業にお問い合わせください。

INTERVIEW

インタビュー

次世代最先端宇宙服の技術で、熱中症対策の決め手となる冷却下着を開発!!

公益財団法人 日本ユニフォームセンター
公益部門営業課課長兼 ESH業務推進課長
谷山 洪栄 氏

JAXAが研究を進めてきた、先端素材・縫製・被服設計・精密加工等の国産技術を集約した「次世代最先端宇宙服の研究」に、平成20年度から参画。ユニフォーム研究で培った、パターン設計や縫製技術でJAXAの次世代先端宇宙服用冷却下着研究をサポートしてきた日本ユニフォームセンターが、その研究成果を活用して開発したのが『冷却下着ベスト型』だ。軽くて動きやすい、これまでにない高性能な冷却下着をどのように実用化させたのか、現場の方に伺った。


01. 制服の国、日本


御社について、お聞かせください。

谷山: 私共は、ユニフォームの研究開発団体です。1962年に設立し、財団法人を経て2011年に公益財団の認定を受けました。ユニフォームの改善改良を行い、公平、公正な立場でユニフォーム文化の振興に努めております。

どのような制服を扱っているのですか?

谷山: 警察官や日本郵便各社の制服といった、普段みなさんが目にする制服。ほかには電話会社等の販売店の制服ですとか、JRや東京メトロをはじめとする全国の鉄道制服、全国の銀行などのオフイス系制服。電力やガス会社などの作業服まで幅広くデザイン開発しています。

ユニフォームは、どれくらいの周期でデザイン変更されるものなのですか?

谷山: 官公庁の制服は、だいたい10年から15年周期くらい。オフィスユニフォームですと、3年から4年で、作業服で5年から7年でデザイン変更されるのが一般的です。

02. アパレルの技術の限界を宇宙服の技術でカバー


オープンラボ開始のきっかけは?

谷山: JAXAの次世代先端宇宙服の研究に日本ユニフォームセンターが参画したのがきっかけです。JAXAでは宇宙服の一部である冷却下着を研究中で、素材手配、パターン作成、縫製等に関する、実際の服にしていく設計の部分で携わらせていただきました。

チューブに冷却した水を循環させて身体を冷やす技術は、JAXAさんが以前から研究していたのですか?

谷山: 宇宙環境というのは、太陽に当たっているときと当たっていないときで200℃以上の温度差があります。その環境から宇宙飛行士を守るために、宇宙服の一番外側は耐熱素材が使用され、密閉された魔法瓶のような構造になっている。つまり、宇宙服の中は保温状態となっていて、体温を冷却しないとどんどん宇宙服内の温度が上がっていってしまう。そのために、全身を冷却する下着の研究が続けられてきたそうです。

宇宙服の最先端技術を民生転用しようと思った理由は?

谷山: 私たちが普段行っているユニフォーム開発の中で、暑さ対策をしたいというお客様はたくさんいらっしゃいます。真夏の暑いときでも身体を守るために長袖の作業服を着ないといけなかったり、厚手生地の難燃防火服を着る消防士さん、高炉のような火を扱っている現場もそうですし、サービス関係でも例えばラーメン屋さんのような飲食店の厨房の中など、年間の外気温に関係なく熱中症対策を必要としている現場は多くあります。しかし、アパレルの技術でできるのは、通気性や吸湿速乾性を高めたり、生地を薄くして軽量化するなどで、どうしても限界があります。そこで、宇宙服の物理的に身体を冷却する技術が、非常に有効であると考えて、JAXAとのオープンラボを通じて得た成果を元に『冷却下着ベスト型』の商品開発プロジェクトをスタートさせたのです。

03. 宇宙技術を民生用に「簡素化」


宇宙服研究で培った技術を民生化していくうえで、一番大変だった点は?

片山: 宇宙服研究と一番大きく違うのは、縫製などのコストを抑えるために、縫い目がなくて1枚の編上げの生地にチューブを入れた点です。1着1着、オーダーメイドで作られている宇宙服を、工場で量産化できるようするために、いかにコストや手間がかからない仕様にできるかと、読み換えていくのが大変でした。

谷山: 民生転用するにあたってまず、一番最初の課題はコスト性でした。買いやすい値段にしないと、多くの現場で使ってもらえませんから。次に、メンテナンス性、扱いやすさです。扱いが難し過ぎて一般の方が使えないような商品では困る。あと、毎日の着用に耐え、洗濯をしても壊れない耐久性も大切です。このような課題をひとつひとつクリアしながら、複雑な構造の宇宙下着をいかに簡素化していくかにスタッフ一同、かなり試行錯誤しました。

実際にどのような手順で簡素化していったのですか?

片山: 冷却下着で体を冷やすためには、冷却水が通るチューブが身体にフィットしなくてはいけません。立体的である身体にフィットさせるために、宇宙用の冷却下着では切替を多用した構造になっていました。またチューブを冷却下着に留めつける方法として、パイピングテープをトンネル状に縫い付け、その中にチューブを通しています。繊細な生地に急カーブを多用したチューブの配置に対応するトンネルを縫いつけるには、ブリッジが数えきれないほど必要でオーダーメイドでなければ作れませんでした。
まず、下着にチューブを留めつける方法を部分縫いで7種類作成し、生産性の検討を行いました。次に、工場で量産ができ、Tシャツや水着のように誰でも共用できるようにパターンの切替を減らしました。身体へのフィット感と、身体の動きを妨げないようにするチューブの自由度のバランスをとり、宇宙用の冷却下着の設計の良い部分を残しながら、簡素化していきました。

この複雑なチューブの配置の設計も大変そうですよね?

片山: 全身を冷やす宇宙用の冷却下着から、上半身だけを冷やすベストに変更するにあたり、どこの部分のチューブを省いていいのか、どこは残さなければいけないのか、試行錯誤しました。宇宙用の冷却下着の高冷却性能は残しつつ、動きやすくフィット感のある配線に。なおかつ、チューブの長さは全部同じ長さにしなければなりませんでした。例えば、1本は1メートルで、1本は2メートルだったとすると、ポンプで水を送り出しても、2メートルのチューブには半分までしか水が届かないので、チューブの長さは全部揃える必要があるのです。また、前身頃に縦にチューブを配置すると、前かがみになったときに、チューブが垂れ下がって身体から離れてしまうので、それを避けるために、横に配置したりとか、身体を曲げてもチューブがついてきてくれるように配置の向きを考えたり。様々な制約があるなかでチューブのパターンを15〜20回ほど変更を重ねて最終的に現在の配置となったのです。

04. 試作と試着実験により辿り着いた結論とは?


実際に試作品は何点作ったのですか?

谷山: 部分縫いの試作品7種類の中からトレードオフした結果、3種類のサンプルを作って検討し、最終的には、チューブ直縫型とホールガーメント型の2種類が残りました。チューブ直縫型というのは、下着の生地に直接チューブを縫い付けるという手法を採用したモデルです。この縫製を実現するためにミシンの専用の金具も開発しました。このチューブ直縫型が、当初は本命だったのですが、仮にチューブに針が刺さってしまった場合、あとから水や空気をチューブに通して欠陥がないかどうか確認はできるのですが、穴が開いてしまっていたらその商品全部がダメになってしまう。そういったリスクが、量産したときにどのくらい出てくるのか開発時点では見えないという課題がありました。ホールガーメント型というのは、特殊な編み方のニットなのですが、こちらは機械にプログラムを作って入れると、縫い目がない状態で出来上がってきます。ただし、チューブは人の手で通していくので、人海戦術を使ったとしてどれくらい生産できるのかがわからないという課題がありました。

チューブ直縫型とホールガーメント型で、試着実験をしたのですね。

谷山: そうです。オープンラボでは、消防士の方に着ていただくこととして、ターゲットを化学防護服に絞りました。消防士が着用する作業着の中でも、化学防護服は完全密封されているためもっとも中が熱くなる。実際に足の部分の3分の1くらいまで汗が溜まってしまうような中で人命救助をしているそうです。なので、この化学防護服を着用する消防士の方をターゲットに実験をしました。結果的には、どちらも行動が阻害されることはなかったし、量産化も可能であるという結果になりました。そうなると、あとはどちらが欲しいか、どちらを自分が着たいか、ということになってきます。実験に参加していただいた方たちに、人気投票のようなことをしてもらいました。その結果、決定打となった意見が、ニットの方が身体への密着感が非常に優しいという意見でした。カットソータイプのチューブ直縫型も、それなりに生地は伸びるのですが、チューブが縫い付けてあるところは伸縮率が半分程度になるため、締め付け感があると。また見た目に高級感があるため、Tシャツの上にこの冷却下着を着た状態で外を歩けるという意見もあり、ホールガーメント型を採用することになったのです。

宇宙用の冷却下着を一般用の仕様にするのに、実際にかかった期間はどれくらいですか?

谷山: オープンラボの期間は約3カ月です。最終的に残った2つの試作品を、販売できる仕様にするところまで漕ぎつけました。それから、実際に販売するまでには約1年かかっています。生産の過程に乗せるにあたって、コストの問題とか、チューブを手作業で入れる問題ですとか、オープンラボでの研究範囲だけでは見えてこない課題もありましたし、完成品をより多くの人に試着いただいて、さらに改良できないか検討したこともあって、販売までに1年ほどかかったのです。

05. 高冷却性能と活動性の両立を実現!


この『冷却下着ベスト型』の価格は?

谷山: 定価は1着6万円(税抜)です。高いと思われるかもしれませんが、爆弾防護服の下に着ている冷却ベストは40万円しています。また、市場で一番多く出回っている安価な冷却ベストというのは、凍らせるタイプの冷却剤をポケットに入れるタイプですが、安くて冷えるけども、固くて重くて局所的にしか冷やさないので、肌に当たっていた部分が赤くなってしまう。活動性も良くありませんし、溶けてしまうとただ、タプタプした重い物を身に着けたまま作業を続けなければいけません。また、冷却時間も10分?20分と短い。それに比べ、この冷却下着は、環境や条件にもよりますが40分以上着衣部を万遍なく冷却できるうえ、着用実験でも、一般的な冷却ベストに比べ防護服の中の温度差が2.2℃低いという結果が出ています。冷却下着を着用していない場合と比べると、6.7℃も差がでました。

つまり、従来品に比べ機能性は格段にアップした上に、価格も抑えられたということですね。

谷山: そうです。また、企業・団体などでまとまった数をご購入いただければ、もう少し価格を下げることはできますし、今後も価格を下げるように努力はしていきます。

今後、さらに改良する点は?

谷山: ベスト自体は非常に完成度が高いのですが、凍らせた水を入れたタンクと冷却水を循環させるポンプユニットの方は、現場のニーズに合わせて改良していきたいと思っています。例えば、床置き移動できる大きなタンクにして、長時間冷却できるようにする。あるいは、クーラーボックスに凍らせたタンクを何個か入れて現場に持って行き、交換しながら使っていただくとか。より幅広い現場で活用していただくためのバリエーションを検討しています。

06. JAXAとの共同開発でモノ作りが進化


JAXAと共同開発したことで得たことは?

谷山: 研究を進める上で、定量的に物事を説明するということを学びました。もちろん、我々の普段の研究のなかでも、根拠を数字で示すことはありますが、JAXAの最先端科学の研究とはレベルが違います。すべてを数値化して、エビデンスを示さなければいけない。例えば、冷却効果の違いを提示する場合も、湿度や温度が何度で、どういう動作を何分間やらせた結果、どんな差が出たのかキッチリ数値化して出してくださいと言われたり、サーモグラフィで撮影して、差がはっきりと目に見える形にしたり。そうやって、ひとつひとつ数字で裏付けを取りながら研究するということを学びました。

最後に今後の展望を聞かせてください。

谷山: 冷却下着を必要とする現場は、作業服や制服を着る現場です。『冷却下着ベスト型』の認知度が高まり広く活用していただくことで、働く人の快適性や安全性が確保されます。働く人の衣生活の向上につながる活動E(環境保全)S(安全・防災)H(健康)に力を入れて行きたいと考えています。

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