平成16年度採択案件/ビジネス提案型(旧制度)

共同研究実施体制

ユニットリーダー:株式会社SPACE FILMS 代表取締役社長 高松 聡
ユニットメンバー:株式会社SPACE FILMS プロダクションマネージャ 小林 江里子
JAXA研究者:産学官連携部 肥後 尚之
宇宙基幹システム本部 宇宙環境利用センター 小山 正人、村上 敬司、荒木 秀二
有人宇宙環境利用プログラム推進室 福田 義也


共同研究の背景及び概要

ISS(国際宇宙ステーション)に商業目的でいつでも利用できる高精細カメラを常設して、CMをはじめとした商業ニーズに迅速に対応する等により継続的なビジネス創出を目指し、ビジネスモデルの実証を行う。一般国民からは遠い存在である宇宙を、映像という親しみやすい形で、宇宙のしきいを低くする試みである。


INTERVIEW

インタビュー

宇宙を撮影スタジオに。

株式会社SPACE FILMS
代表取締役社長
高松 聡

ポカリスエット、カップヌードル。私達の日常にある商品を宇宙に上げて、前代未聞のCM撮影を敢行してしまった男がいる。しかもカップヌードルの撮影では国際宇宙ステーションに、民間企業が保有する初のHDカメラまで打ち上げた。高松聡、株式会社SPACE FILMS代表取締役である。広告代理店・電通時代の2001年に、旧NASDAとの共同プロジェクトでポカリスエットの世界初の本格的宇宙CMを、2005年にJAXA宇宙オープンラボ制度を利用してカップヌードルのCMを作った。その裏の「寿命の縮む体験」や、さらに飛躍を目指す今後のプランについて話を伺った。


01. 宇宙映像撮影サービスを世界に」。準備はほぼ整った。


JAXA:日清カップヌードルがついに宇宙に行きましたね。CMの反響はいかがですか?

高松:「NO BORDER」シリーズでは2年間に8本のCMを作りましたが、その中でも圧倒的に大きな反響がありましたね。そもそも「地球上には本来国境なんてないじゃないか」というコンセプトを訴えるために、世界中の国で撮影してきましたが、「宇宙から見た地球には国境なんて見えない」ということを、宇宙からそのものズバリ撮ってみせるという「宇宙篇」は、2年間の骨太なキャンペーンの結論を、非常に明快な形で提示できました。キャンペーンの終わり方として、クライアント的にも、世の中的にも納得性の高い終わり方ができたと思っています。

JAXA:宇宙で撮影することは「NO BORDER」シリーズの最初から決めていたんですか?

高松:実は計画していたんですよ(笑)。最初の1本目「消える国境線篇」を作るときから、最終回は「宇宙篇」と決めて提案をして、2年後に実現するためにSPACE FILMSという会社まで作ったんです。
 本来、SPACE FILMSは、世界中に宇宙映像撮影サービスを提供する会社です。我々のサービスが実際に使えることを証明するためにも、まず成功例を作らないといけませんでした。僕はground(グラウンド)というクリエイティブの会社も持っているのですが、groundのCMプランナーである高松聡が、SPACE FILMSの第一号作品となった「NO BORDER 宇宙篇」を発注したわけです。幸いにして大成功することができました。
 じゃあ、これからSPACE FILMSがどういうビジネスモデルを提示していくのかということに検討の時間が少々かかったのと、何と言っても人手が足りない(笑)。やっとSPACE FILMSを世の中の共有インフラとして使ってもらえる準備が、ほぼ整ってきました。いくつかの仕事が実際に走り始めています。

02. 2~3年後、日本人タレントをISSへ


JAXA:現在、どんな仕事を準備中ですか?

高松:現状検討していることでは、国際宇宙ステーション(ISS)から地球の映像をHDカメラで撮影します。プラズマや液晶テレビが普及して、日本ではHD画質でテレビを見る環境がやっと整って地デジ(地上デジタル)、BSデジタル時代が始まっています。HDで見るには、例えば「世界遺産」を扱ったような番組がいいですよね。その究極が地球。地球の美しい映像を宇宙から撮れば、それだけで素晴らしい映像になると思います。
 それなのに、残念ながら8年程前に毛利飛行士がシャトルから地球を撮影して以来、地球のHD映像がほとんどありません。これを自分達の力でなんとかしようということで、SPACE FILMSの自主制作で、ISSから地球の映像を長時間撮影しようというわけです。

JAXA:それは家でも流して見たい映像ですね。他には?

高松:宇宙でCMを撮影するということについては、国内外からいくつかのご相談を受けていて、実際どのくらいの時間がかかるのか、どれくらい大変なのかを説明して、検討を始めて頂いています。おそらく来年あたりには、どなたかが発注されてSPACE FILMSが撮影サービスを提供するという業務が、ビジネスベースに乗るのかなと思っています。
 もう一つ、かねてよりSPACE FILMSとして、一つ大きな柱のプロジェクトがあります。日本のタレントとかミュージシャンを、宇宙飛行士として養成してISSに送り込むことを広告かテレビ番組、又はその両方でできないか、今色々と検討を進めています。タレントは誰が行ってくれるか、スポンサーやテレビ局はお金を出してくれるか、調整内容はいっぱいありますが、今はお金を出せばISSに行けますからね。

JAXA:ISSに1週間で二十数億円という、あのコースですか?

高松:ただ行くだけでなく、宇宙飛行士になるすべての過程をドキュメンタリー番組にしようとすると、あちこちに撮影クルーがついていきますから、もっと金額的にはかかるでしょう。少なくとも30億円とか。とてつもなく大きい金額ですが、ありえなくはない。
 例えばサッカーW杯とかオリンピックのオフィシャルスポンサーになると、世界向けで約40億、国内向けなら15億円ぐらいの金額です。W杯に看板が一枚出て、CMの最後に「私達はW杯のオフィシャルスポンサーです」と入れられることと、30億でものすごく著名な方が宇宙に行くことの独占的なスポンサーになって、選抜から宇宙に行き地上に帰還するまでの約1年半にわたって世の中の話題を独占することは、そうバランスの悪い話ではない。僕はW杯やオリンピックの何十億のセールスをしてきた経験からそう感じています。
 早ければ2年後ぐらい、遅くても3年後ぐらいに、あっと驚くような方が宇宙に行くという一大プロジェクトが達成できればと思っています。

JAXA:面白そうですね。

高松:電通時代からずっとやりたかったことで、夢がありますよね。ロシア人飛行士をタレントさんとして使ったCMは2本作ったので国内的にはしばらくはいいかな、という感じがあります。ロシア人飛行士にギャグをやってもらえれば、可能性はありますけどね(笑)。でも、日本人の著名な方が宇宙に行くというインパクトは桁違いですからね。

03. 世界初の本格的宇宙CMで「寿命の縮む思い」


JAXA:2002年元旦から放映されたポカリスエットの宇宙CMは、2001年に日本実験棟「きぼう」の利用多様化のために旧NASDAが公募したプロジェクトでしたが、企画が通って、実際にスタートしてから大変だったことは?

高松:何もかも手探りでしたね。ロシアという文化や国、エネルギア公団やロシア宇宙庁との交渉に慣れるまで全て。最初はNASDAさんがISSに持っているHDカメラを使うのだから、金額的には安くできると思っていたんです。クルータイムや輸送費などある程度は安くできたわけですが、ロシアにしてみれば、NASDAが学術研究に使うための価格設定であって、NASDAが所有しているとは言えCMを作るなら商業料金になるよと追加料金を要求されて。そこから交渉です。
 試験だって「オフガス試験をしてください」と言われて「なんですか、それ?」から始まって、業者さんを紹介してもらったり・・・。専門的な試験はNASDAさんに全ておまかせできるものと思ってましたが(笑)、基本的にやるのは電通。缶の化学組成をメーカーや印刷会社に聞いて回るとか。そういったことの連続でした。

JAXA:広告業界と宇宙業界の違いで苦労したところはありましたか?

高松:CMを撮る場合には、絵コンテ(絵の入った台本のようなもの)を作るわけですが、通常は現場に入ってから、「右から撮るより左から撮るほうが綺麗だね」とか「もうちょっとズームしよう」とか臨機応変に変えるわけです。でも宇宙に我々はついて行けないし、宇宙飛行士は撮影に関しては素人だから、厳密なマニュアルを作る必要がありました。たんぱく質の結晶成長実験みたいに、書いてある通りにすれば絶対失敗しないマニュアルをね。
 そのほかにも広告業界は何十億の仕事でも契約書を交わさないのに、分厚い契約書の山にも悩まされたし、何をやるにも時間がかかる。1年ぐらい前から準備しないと事が進まない。けどそんなに時間は掛けられないから半年ほどでやりましたが、それは極限の短さなんです。
 役所との調整、ロシアとの交渉、本番前後の予期せぬ事態への対処と、次々に事が起こって寿命の縮む思い。正直「二度とやりたくない」と思いましたね。

JAXA:それなのに、またカップヌードルで宇宙CMを制作することになったのは?

高松:「NO BORDER」の最終回を宇宙篇にするという議論のときに、最初僕はちょっと消極的だったんですが、やらなきゃライバル会社に勝てないみたいな切実なところもあって(笑)。でも2回目は何をやればいいかわかっていたので不安材料はなかったし、自分達のHDカメラを打ち上げるにも、直接ロシアと交渉してロシアの安全基準を通せばいいということもわかっていました。

JAXA:では、JAXAのオープンラボを通さなくてもできたのではありませんか?

高松:PACE FILMSを立ち上げるのは、極めてリスクの高いベンチャーでした。確率は低いとはいえ、ソユーズロケットの打上げが失敗していたかもしれない。その場合でも打上げ費用は帰ってこないんです。例えば人工衛星は打上げに失敗しても半年後に再度打ち上げてもらえるようですが、広告の世界では半年後には別の新商品のキャンペーンが始まります。だから半年遅れたらもうまったく意味がない。スポンサーから1円もお金は入らない。
 幸いにして成功しましたが、オープンラボの制度でISSでの映像撮影機材のレンタル事業の共同研究を行うことで、撮影用インフラ整備にかかわる実証のための技術的、資金的支援を受けることができて、会社をスムーズに立ち上げることができました。JAXAのオフィシャルなプロジェクトであることも、中小企業にとって信用を得るために大事なことです。

04. 日本実験棟「きぼう」を撮影スタジオに


JAXA:1本1億円台というCMの「料金表」を作って営業したいと以前言われていましたね。

高松:現実的には、やはり料金表は難しいですね。撮影するのに何かを打ち上げないといけないとすると、物によって検証にお金もかかるし、ロシア人飛行士の訓練にどのくらい時間がかかるかもCMの内容を見ないとわからない。飛行士がその時期どのくらい忙しいか、中継の時間がとれるかどうかもあるので、やはり料金表というわけにはいかなくて「オートクチュール」なんですよ。
 例えばこのドレスがいくらかという値段は、ドレスの素材とデザインを決めないと出ませんよね。ただ、2着目のドレスなら、ある程度見当はつきます。1億円台というのは実現できそうな数字ではありますね。

JAXA:常に宇宙映像や広告の新しい形を生み出されていますが、高松さんの狙いは?

高松:宇宙に興味のない人が宇宙に興味をもつようなプロジェクトをしていこうということです。宇宙旅行が始まって1千万円になっても、ほとんどの人にとって大金。車のフェラーリを買える人がほんの一握りなのと同じです。だから宇宙に行かなくても、宇宙に行くとこんな感じなんだと疑似体験できるのがSPACE FILMSの仕事です。
 まず第一歩はCM、次は身近なタレントさんが宇宙に行くこと。さらに高画質で撮影して見せる方法とか3Dで見せるとか、船外にカメラを出して船外活動をしているような気分を味わってもらうとか。宇宙に行きたい人を増やす。宇宙旅行業界に広告料をもらいたいぐらい(笑)。そういうところに貢献して、ビジネスとして採算がとれればいいなと。

JAXA:そのモチベーションは?

高松:ビジネス的には利益をあげないといけないが、それだったら宇宙はそんなに効率がよくありません。groundのほうが100倍儲かっています(笑)。やはり、モチベーションは自分が宇宙が好きで宇宙に行ってみたいし、宇宙に行けないのであれば行ったに限りなく近い体験がしたい。サッカーが好きな人がサッカーのプレイでお金をもらえるならば、そんなに素晴らしいことはないのと同じように。

JAXA:今後、ビジネスを進めていく上での課題はなんでしょうか?

高松:最大の課題は、主要国宇宙機関との関係でしょうね。ロシアとはある一定の関係がありますけど、さらに色々なことを進めていこうと思うと、NASAの協力が得られないとできないことがあります。例えばロシアだと90分で地球を一周する間に10分間しか通信できませんが、NASAは24時間通信できる。NASAの回線さえ使わせてもらえれば、いつでも撮影状況をチェックしながら撮影できるし、宇宙からの生中継だってできる。それを商業的な目的で使っていいかという交渉をしていかないといけません。
 JAXAともそうです。現状ではオープンラボで共同研究を実施をしていても、日本人宇宙飛行士が弊社のカメラで撮影をしたり、被写体になってもらうためのルールがまだできていません。日本でもロシアのように宇宙飛行士が商業活動をしていいと明文化される日がいつ来るのか見えないのです。
 日本実験棟「きぼう」が打ち上がっても「撮影スタジオ」として使えるかどうかもこれからの交渉です。テレビ番組は可能かもしれないけれど、全局への企画コンペになってしまうかもしれない。
 NASAやJAXAがどれだけISSで民間事業に協力していくのか、リソースを販売していくのか。そのあたりのルール作りを考える時期だと思います。僕は民間に販売したほうが納税者にとってもいいと思います。官と民との新しい関係をどう築いていくかが課題ですね。

高松 聡タカマツ サトシ

1963年 栃木県生まれ
1986年 筑波大学卒、電通入社
2005年 電通を退社、SPACE FILMS、groundを設立
2006年 「教えて!goo」で米国クリオ賞グランプリ、2003年W杯「パブリック・ビューイング東京」でカンヌ広告祭・金賞(メディアライオン)、朝日広告賞大賞受賞他

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