2023.02.3NEWS
JAXAが出資!第一号は宇宙ビッグデータを活用した「天地人コンパス」を柱に世界進出中の「天地人」に
JAXAからの出資第一号となった株式会社天地人。左から代表取締役櫻庭康人氏、最高執行責任者百束泰俊氏、JAXA石井康夫理事。
日本政府は2022年を「スタートアップ創出元年」と位置づけ、スタートアップへの投資を今後5年間で10兆円規模まで拡大することなどを盛り込んだ計画をまとめた。宇宙関連スタートアップもここ数年で急増している。だがスタートアップを創業することはできても成長し続けることは難しく、成功するのは千に3つほどであることから「千三つ」とも言われる。特に宇宙開発分野は技術開発に時間がかかり、ロケット打ち上げの延期や失敗があるなどの理由で黒字化までの時間が長く、生き残りは困難を極める。
そんな状況の中、JAXAはスタートアップの挑戦と成長加速を支援しようと、2022年12月に初の出資を行った。JAXA初の出資を受けたのは株式会社天地人。地球観測衛星などの宇宙ビッグデータを活用し、土地評価サービスを行う「天地人コンパス」をコアとした事業を展開するスタートアップ。2019年に設立されたJAXAベンチャー認定企業でもある。
〇JAXAがなぜ今、出資するのか
JAXA新事業促進部の佐藤勝 事業支援課長
JAXAが出資する狙いについて、JAXA新事業促進部事業支援課課長、佐藤勝氏はこう語る。「JAXAの研究開発の成果を社会に実装していくこと。つまりは皆さんに使ってもらえるようにしたい。ロケットや人工衛星だけでなく、様々な業界の企業の参入を促進して、宇宙を広がりのある産業にしていくのが我々新事業促進部の目的でもある。これまで人材や技術は企業に提供してきましたが、今回出資できるようになりました」。
「JAXAが出資することで、高い技術をもつという信用を得たスタートアップの活動が加速すること、さらにスタートアップが活動する宇宙業界全体への大きな資金投入を後押しする。そうした『呼び水』の効果に一番大きく期待しています」
なぜ、このタイミングで出資を決めたかと言えば、法律(「科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律」)が2021年4月に改正され、JAXAが出資できるようになったから。先行する大学では直接出資だけでなくファンドへの出資や、研究成果を企業へ技術移転する法人(TLO)を作っている。JAXAも今回のスタートアップへの直接投資だけでなく、ファンドへの間接出資やTLOによる技術移転が今後可能になる。
気になるのはその規模。「JAXAの自己収入の範囲です。具体的には特許やソフトウェアのライセンス、JAXA LABELの収益などあくまで自分たちで稼いだ収入です。なのでたくさんはできませんが‥(笑)」と佐藤。具体的には数千万円規模という。
出資額としては大きくないものの、JAXAが出資すること自体に意味がある。「出資するということは家族のような形になるわけです。JAXAの目から見て『こういう技術が必要ですね』とアドバイスしたり、場合によっては人を派遣したりもできることも、出資を受けるスタートアップのメリットではないかと思います」。
出資を受けるにはどんな条件が必要か。JAXAの成果や知的財産を活用するスタートアップであること。具体的にはJAXAベンチャー認定企業や、JAXAと共同研究や共創活動(J-SPARC等)を行った成果を事業に活用している企業。さらに既に大きな資金を調達していないシード・アーリー段階のスタートアップであること。「つまりは、今後更に大きな成長が期待できる段階の企業であることです」(佐藤)。
JAXA佐藤によれば、宇宙産業の規模はまだまだ小さい。より拡大して基幹産業の一つになれるよう、様々なプレイヤーを増やしつつそれぞれの企業の事業が成長するために、これからもJAXAは直接出資だけでなく、ファンドへの間接出資など様々な手段を通して支えていく計画だ。
〇ビッグデータを活用、宇宙技術が様々な分野でビジネスになる例を示す
今回出資が行われた㈱天地人のどんな点が評価されたのだろう。「地球観測データを使ってJAXAが目指す新しい宇宙利用ビジネスや、成果の社会実装につながる事業を展開しようとしている点。また、世界で活発化する衛星データ利用の分野において、国内外で精力的に事業展開を進めており、今後の成長が期待できる点など総合的に判断しました。天地人の事業は、内閣府の宇宙開発利用大賞で農林水産大臣賞を受賞、欧州宇宙機関のコンテストで優勝するなど、第三者から見ても高い期待を持って評価を得ていると思います」。
天地人が衛星データを活用したソリューションを提供。米卸で国内大手の神明と、スマート水田サービスを提供する農業ITベンチャー笑農和は2021年5月から「宇宙ビッグデータ米」の栽培および収穫を行なっている。
「天地人コンパス」でお米の生産適地スコアを示した図(画像はイメージ)
天地人が評価された具体的な実績について、佐藤は農業ITベンチャーらと進める「宇宙ビッグデータ米」、愛知県豊田市と進める「水道管の漏水リスク評価」をあげる。「宇宙ビッグデータ米」は衛星データを活用して全国から栽培最適地を選び、協業企業が開発した自動の水管理システムも活用し水温を管理した。米の美味しさを表す指数で、トップブランドと遜色ないスコアを獲得。市販された新米を筆者も食べてみたが、確かに美味しい!2021年は富山県、2022年は山形県鶴岡市と品種や気候の変化に合わせて最適な場所を選べるのも特徴だ。
「衛星データと地上の様々なデータを実際の事業に活用し、宇宙技術がビジネスになる例をみせてくれた。例えば、水道管の漏水リスク評価では、これまで人が歩いて路面などに伝わる音を聞くことで調査していた漏水について宇宙や地上のデータを活用して場所を絞り込み、高い精度をあげている」(佐藤)。
天地人は2019年に創業したJAXAベンチャー認定企業だ。この3年で農業やインフラ管理にとどまらず幅広い分野で成果をあげている。天地人創業者・COO、現役のJAXAエンジニアでもある百束泰俊さんに、JAXAの出資を受ける意義や今後の事業展開について聞いた。
〇海外で事業を展開する際、JAXA出資は技術への信用になる
天地人創業者・COOの百束泰俊氏
「JAXAの出資を受ける一番のメリットは『信用』でしょうか。衛星データ活用は様々な可能性が議論されている一方で、ユーザーから見たときに実現できる・信頼できるサービスを判断しづらい状況になっている印象もあります。特に、外国で活動をするときに、日本の国の宇宙機関であるJAXAから直接出資を受けたことで、天地人の技術への信用はすごく大きくなる」。百束氏がそう語るのは、現在、天地人が世界のマーケットで積極的に事業展開をしようとしているからだ。
2019年に創業した頃は「まだ技術者視点が中心で衛星データを使って何かしたいと考えていた」(百束氏)。使用する衛星データの種類もそれほど多くなかった。その後、海外に目を向けると様々な衛星データを提供してくれる企業が多数あり、マーケットが海外にあることが見えてきた。そこでEC(欧州委員会)などが主催するビジネスコンテストに積極的に参加、国連を通じて途上国のスマート農業を手伝う仕事などができるようになる。現在はドイツやフランスで農作物の最適地を探すなど農業関連の仕事を展開している。
その過程で「コンサルのような仕事をそれなりにこなしていく中で、自分たちが作るユニークかつ規模を拡大できるサービスは何だろうと考える段階に至った」と百束氏。導いた結論が、天地人独自の土地評価エンジン「天地人コンパス」をサービスの軸にすることだ。
「天地人コンパス」の一例。2022年11月末から地表面温度の時系列データを用いて、ヒートマップとして可視化する機能を追加した。
具体的には地理空間情報に様々なデータを掛け合わせた「天地人コンパス」で、顧客が必要な答えを直感的に見つけられるようにする。「例えばお米を作るならどこがいい、肥料をまくなら何月がいいという『答』をお客さん自身が天地人コンパスを見ながら見つけられるように」。
そのために顧客と対話を重ね、アルゴリズムや機械学習のモデルを徹底的に作りあげる。衛星データはもちろん気象データや農作物に関するデータ、人に宿るノウハウなど様々な情報を掛け合わせる。「お客さんに日常業務にどうやって根付かせてもらうかがポイント。日々更新される衛星データなどの情報をお客さんが毎朝みて農作物の管理に使ったり、ミーティングの際の意思決定に使ってもらったりなどサブスクリプション的に『天地人コンパス』を業務ツールとしていかに活用してもらうかがポイントです」。ライバル企業も含めて世界で衛星データを含むビッグデータを、業務ツールに活用する段階まで実現させた企業はまだ表れていない。「だからこそ、ものすごいチャンスがある」(百束氏)
天地人の強みは膨大なビッグデータから顧客のニーズに合わせてデータを組み合わせ、独自のアルゴリズムで分析、わかりやすい形で可視化し提供できること。社内に衛星画像を扱うエンジニア、データサイエンスや機械学習を扱うエンジニア、システムの構築をするITエンジニアの3種類のエンジニアがいて、3者が融合し独自のサービスを開発する。
2022年2月から現在進行形で進めている愛知県豊田市の水道管漏水リスク評価では、「天地人コンパス」を業務ツールとして活用してもらうことも目指している。1年間を通した調査で豊田市全域の3663㎞の水道管のどこに漏水リスクがあるか、100m以内の範囲でAIが絞り込む。「水道管の漏れには、幹線道路の情報、温度などあらゆる条件が複雑に絡み合っている。衛星データ、水道管情報などを入れたモデルを作って細かいチューニングをして正解率を上げるように組み上げていくのは、天地人が得意とするところ」(百束氏)。
天地人は愛知県豊田市と連携し、衛星から取得した宇宙ビックデータを活用した「豊田市水道管凍結注意マップ」を作成。衛星データを活用し、水道管の凍結リスクを評価する取り組みは全国初。
漏水の的中精度について令和2年に別企業が行った調査に比べて倍の約6割に高める目標を立てているが、既に達成できる見込みがあるという。このツールを活用すれば人が音を頼りに調べていた調査が格段に効率化され、コスト削減につながる。天地人は点検結果などの情報を一元管理し、組織内での情報共有を円滑にし、業務ツールとして活用してもらう形を目指している。
宇宙ビッグデータ米に水道管漏れのリスク評価。「天地人コンパス」は現在、農業やインフラだけでなく、カーボンオフセットや再生エネルギーの4分野で主に活用されているそうだ。
百束氏はJAXAで長らく衛星開発に携わってきた。設立時に数人だった天地人の社員は今、約50人に。「会社の規模は大きくなってきたが今回、JAXAから出資を受け天地人とJAXAと新しい関係ができた。天地人にいるからこそ、世の中の動向やビジネスの潮流がわかる。それをJAXAにも還元したいし、天地人をしっかり成長させたい」
(ライター 林公代)