2022.03.18

日本から超小型衛星を宇宙へ!「新」宇宙輸送サービスへの期待と課題~超小型衛星利用シンポジウム2022 レポート(後編)~

世界で起こる超小型衛星革命。だが、衛星は宇宙に運んでもらって初めて仕事ができる。そこで欠かせないのが輸送機。宇宙へ衛星を運ぶ「足」だ。

2022年1月18日に開催された超小型衛星利用シンポジウム2022(主催:JAXA新事業促進部)では、日本で新しい宇宙輸送サービスに取り組むユニークな民間企業3社が勢ぞろい。準備中の宇宙輸送サービスの現状や日本の宇宙ビジネスの課題、展望を語り合った。(レポート:ライター林公代)

 

●「世界最高頻度」の打ち上げを目指すスペースワン

登壇したのは今年、和歌山県から初の民間ロケット打ち上げを実施予定のスペースワンの阿部耕三氏、北海道で観測ロケットMOMO打ち上げに成功しているインターステラテクノロジズ(IST)の稲川貴大氏、そして米国企業の超小型衛星打ち上げサービスを日本で展開しようとするANAホールディングスの鬼塚慎一郎氏。それぞれの事業紹介から始まった。

スペースワン(株)執行役 阿部耕三氏

 

「契約から打ち上げの時間を世界で一番短くしたい。年間20機ほどを打ち上げることで、世界最高頻度を目指していく」と語るのは、スペースワンの阿部氏だ。同社は和歌山県紀伊半島の先端近くにある専用射場「スペースポート紀伊」から、専用ロケット「カイロス(KAIROS)」を使い、小型の人工衛星打ち上げに特化した宇宙輸送サービスを提供するために作られた会社だ。「今年中のサービスインを目指している」と阿部氏。

ロケット名「カイロス」はギリシャ神話に出てくる「時間の神様」の名前に由来しているという。打上げから契約まで約1年という世界最短を目標に掲げ、「時間を味方につけてビジネスをしていきたい」。さらにカイロスにはギリシャ語で「チャンス」という意味もあり「好機をつかんで事業を成功させたい」という意味も込める。

カイロスロケットの打ち上げ能力は地球観測衛星に多いSSO(太陽同期準回帰軌道)に150㎏、地球低軌道に250㎏。(提供:スペースワン)

 

カイロスは固体燃料ロケットだ。スペースワンは2018年に4社が出資して設立されたが、そのうちの一社がIHIエアロスペース。前身を含めれば日本初のペンシルロケットからJAXAの基幹ロケット・イプシロンに至るまで数十年間、日本の固体ロケットを開発してきた企業だ。「今まで培われてきた技術を継承し、信頼性のあるロケットを開発している」。阿部氏によると射場はほぼ完成、現在様々な試験を行っているところだという。

●日本初の民間ロケットを打ち上げたIST

北海道南十勝の大樹町に本社、工場があり、設計製造試験から打ち上げまで一気通貫で行うのがインターステラテクノロジズ(IST)だ。プロダクトは2つ。高度100㎞付近まで弾道飛行を行う観測ロケットMOMOと、現在開発中の超小型衛星打ち上げ用ロケットZEROだ。

インターステラテクノロジズ(株) 代表取締役 稲川貴大氏

 

ZEROは二段式の液体ロケット。SSOに100㎏程度の打上げ能力をもつ。中身のコンポーネントは自社で低コスト化の技術をふんだんに入れて開発中。観測ロケットMOMOは7号機まで打ち上げを行い、ZEROと共通の部分も多く技術実証の意味合いももつ。「ロケットをどうやったら安くなるかをゼロベースで考えて作っている。かなり低コストの観測ロケットが実際にできている」。

カイロスは固体燃料ロケットだが、MOMOやZEROは液体燃料を使用。「炭化水素系の燃料を国内で実証したのは我々唯一と言う自負がある」(稲川氏)。MOMOは、サイエンスミッションや企業PRなど顧客をつけた商業打ち上げを実施している。

 超小型衛星打ち上げ用ロケットZEROのイメージ図(提供:IST)

 

今後の展開については、ロケットだけでなく革新的な衛星開発を行う子会社Our Starsを設立(JAXA宇宙機エンジニア野田篤司氏が同社CTOに就任)。また「北海道スペースポート計画」が2021年から本格的に動き出し、2022年には工事を着工する予定でISTもコミットしていく。ユニークなのはロケット燃料の地産地消計画。北海道はバイオメタンが多くとれることから、メタンをロケット燃料に使おうとガス会社と動き出しているという。

●米国企業の衛星打上げサービスを日本で展開―ANAホールディングス

スペースワン、ISTがそれぞれ自社でロケットを開発しているのに対して、異なるアプローチで宇宙輸送サービスを日本で始めようとしているのがANAホールディングスだ。

ANAホールディングス(株)グループ経営戦略室事業推進部宇宙事業チームリーダー 鬼塚慎一郎氏

 

同社に宇宙事業チーム(5名)が発足したのは2021年4月1日。「なぜ、ANAが宇宙?と思われるかもしれない。人類の豊かで充実した宇宙利用に貢献することをANAグループのビジョンに掲げ、色々なことをやっていこうと。宇宙旅行だけではない」(鬼塚氏)。

鬼塚氏は宇宙輸送、宇宙旅行・滞在、衛星インフラ、軌道上サービスなど宇宙事業チームの様々な取り組みを紹介したが、超小型衛星というテーマにもっとも近いのは、米国ヴァージン・オービット(以下、VO社)と行う衛星打上げサービスだろう。ANAホールディングスは2021年、VO社と人工衛星打ち上げ事業に関わる基本合意書を締結した。

ボーイング747は離陸後高度10㎞付近でロケットを切り離す。ロケットはエンジンを点火し宇宙空間に到達、超小型衛星を軌道に投入する。VO社は早ければ2023年中にも大分空港から打ち上げ予定(提供:Virgin Orbit)

 

VO社は大分空港からボーイング747を改良した小型ロケット運搬機を離陸、上空で小型衛星を搭載したロケットを切り離し、その後ロケットから衛星を放出する。「VO社と提携しながら打上げサービスを日本で展開する手助けをしている。私どもに技術はないが、彼ら(VO社)がロケットに搭載するスペースを衛星事業者に販売するビジネスモデルを考えている」(鬼塚氏)

ANAホールディングスが展開する多様な宇宙ビジネス

 

●日本の強みは?技術水準の高さ

3社の事業紹介が終わったところで、進行役のJ-SPARCナビゲーター榎本麗美さんから「日本で超小型衛星打上げサービスを展開していく上で、欧米と異なる日本の強みは何か」について質問があった。

阿部氏は「日本は東と南に太平洋があって開けていること。政治的には世界のどこの国ともビジネスができること。そして信頼性と安全性が総合的なブランド力になる」と発言。

稲川氏も「現在ISTにトヨタや古河電工、日揮から出向でエンジニアの方々に来て頂いているが、技術基盤があることを実感する」と具体例をあげた。特に燃焼系や電子技術は相当技術がありポテンシャルがあると。

鬼塚氏はVO社がなぜアジア各国の中から日本で衛星打上げサービスを行うことに決めたかを述べた。「世界戦略をもつ同社がアジア(でどの国から打ち上げるか)判断する際、いの一番に日本だった。何のためらいもなく。地理的な条件もあったが、一番大きかったのは、日本の宇宙産業がアジアの他の国々と比べて成熟していたこと。ロケット打ち上げに関する技術や知識だけでなく、衛星事業者、特に彼らのカスタマーとなりうる小型衛星事業者が日本に数多くあり、技術水準が高いレベルにある。今後も(衛星事業者が)出てくるだろうという予測も含めて、彼らは日本に決めた」と。

●課題は?政府のアンカーテナンシー、スピード感

次に榎本氏が尋ねたのは「日本で超小型衛星打ち上げをなかなか始められない課題について」。

稲川氏はアメリカの例をあげた。「アメリカではロケットを開発する民間企業はたくさんあり、日本は数社。何が違うか。アメリカでは民間にどんどん任せようとNASAや政府系から多くの発注がある。政府が最初に購入してくれる(『アンカーテナンシー』と呼ばれる)から、リスクをとって開発ができる。そのあと、自分で顧客を見つけてビジネスを回すことができるから、アメリカのロケットベンチャーはうまくいく」

SpaceX社はNASAの技術を活用し、米国政府のアンカーテナンシーによって急成長した好例だ(提供:SpaceX)

 

現在は日本で小型衛星を作っても、海外のロケットで打ち上げる企業や大学が多い。「輸出の手間をかけて(衛星を海外に運ぶ)輸送にお金をかけるのか。日本のロケットを使えば費用の削減にもなる。日本の輸送系を使うことで技術や資金がエコシステムとして回れば、最終的に大きな産業になるというメッセージを、衛星事業者さんからも各省庁に出してもらいたい」

ISTはJ-SPARC(JAXA宇宙イノベーションパートナーシップ)の枠組みでJAXAと連携し、JAXA角田宇宙センターでZERO用のエンジンの燃焼試験を行っていることも説明。「すごく助かっている。だが設備老朽化の課題もある」という。

鬼塚氏はスピード感をあげた。「NASAの人は、民間にロケット開発を移行したことでNASAには出せなかったスピード感が出たと言っていた。それが世界の宇宙開発競争に勝ち残れる戦略だと。一方、日本では、官も民もスピード感が変わらないのではないか。日本のスタイルとしてどういう形がいいのか、みつけていくことが我々に課せられた仕事」。

鬼塚氏は、日本産にこだわることなく、SpaceXのロケット再利用などあらゆるところからノウハウをとってくる必要があると説く。技術者個人が横に動くことで技術が伝わる。それが開発のスピードアップのために必要ではないかと持論を述べた。

阿部氏は、切磋琢磨して競争する部分と、協力したほうがいい協調の部分があると指摘。「JAXAもスタートアップもエスタブリッシュドスペースもみんなで共通認識や、ぶれない目標を設定して役割分担をクリアにすることができれば、業界全体の成長のスピードが上がり規模が加速すると思う」。稲川氏は「地上でもタクシー、バス、自家用車があるようにロケットは大型から小型まで色々な種類が必要。多様な輸送系が出てくるべき。色々な輸送系を使ってもらうのが大事」と同意した。

確かにバラエティ豊かな輸送系があってこそ、衛星の目的に合わせた選択肢が増える。米国には、打上げ機会の提供と利用の施策を有機的に連結させ、総合調整するプログラムが複数存在する。日本でにおいて、輸送系を使ってもらえるための枠組み、スピード感、政府の支援など課題と今後の展望がクリアになった議論だった。まずは今年飛び立つ新しい輸送系に注目したい。

 

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世界の「超小型衛星革命」に乗り遅れるな―日本に危機感 ~超小型衛星利用シンポジウム2022 レポート(前編)~
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<関連リンク>
超小型衛星利用シンポジウム2022
https://aerospacebiz.jaxa.jp/cubesatlv2022/