フィジビリティスタディフェーズ
(Japanese) 高精度到来方向推定法に関する基礎検証

ユニットリーダー:日本女子大学(東京都) 教授 多屋 淑子
ユニットメンバー:日本女子大学 多屋研究室
東レ(株)
(株)ゴールドウィンテクニカルセンター
(株)島精機製作所
有人宇宙システム(株)
JAXA研究者:産学官連携部 肥後 尚之
宇宙基幹システム本部 有人宇宙技術部 宇宙医学グループ 研究領域リーダ 大島 博 他
より快適により便利に国際宇宙ステーションで暮らすための生活関連支援技術を開発する。
今年度は、これまでの研究で最も具体化している宇宙船内仕様被服について、開発素材の性能評価試験(地上試験)を実施し、宇宙船内仕様被服に適する素材を定め、その基礎データを取得する
日本大学 教授多屋 淑子
JAXA:土井飛行士が宇宙に持っていく衣服には、どんなものがありますか?
多屋:半そでと長そでのポロシャツ、半ズボン、長ズボン、スポーツウェア上下と下着
(パンツ)、靴下の長いものと短いものの8アイテムです。
JAXA:どんな工夫がありますか?
多屋:たとえば、スポーツウェアは汗をかいたときに水分を逃がしやすくするために、背中と脇に穴をあけています。それから、縫い目のない無縫製で、軽く動きやすく作っていますね。 素材について従来のNASAの船内服は綿100%だったのですが、どうしても重くて透湿性が悪くなります。そこで綿にポリエステルを混ぜて吸湿性、速乾性という性質を入れました。高級な綿を使っているのでソフトで肌触りもいいですよ。
JAXA:確かにさらさらしていますね。綿100%でなくても問題はないのですか?
多屋:宇宙では静電気が起こらないか、燃焼したときに体に害になるガスを出さないか、肌に溶融しないかが問題になるので、長く綿100%が使われていたのですが、静電気をおさえる加工をするなどして、安全性の問題は実験ですべてクリアしています。
JAXA:この下着のトランクスはキラキラしていますね!
多屋:それは銀なんです。繊維に銀をコーティングすることで、消臭効果を狙っています。宇宙ではシャワーもなく下着も毎日替えないので、清潔を保つことが大きな課題の一つです。
JAXA:下着に銀ですか!衛生や安全のほかに、宇宙ならではの課題はありますか?
多屋:実際に宇宙に行かれた日本人飛行士の方々の意見を伺って、宇宙の衣服に必要な項目を整理しました。日本人は寒いと感じる方が多いようで保温能力がある素材を使い、長袖シャツは編み方の工夫で、糸や編み構造の中に静止空気が入るようにし暖かくしました。
それから、シャツは背中側を長く作っています。これは無重力状態で自然に姿勢がやや前屈みになる姿勢にあわせています。衣服はすべて土井さんのサイズを測り、しかも宇宙に行ったときに体液が上半身に移動した場合の体型の変化を考えて、パターンを作成しています。
※近未来宇宙暮らしユニット:東レ(株)、(株)ゴールドウィンテクニカルセンター、(株)島精機製作所、クラレファスニング(株)、有人宇宙システム(株)等が参加。
JAXA:開発でご苦労された点はどんなところですか?
多屋:宇宙での生活関連は調べようと思ってもなかなかなかったのですが、研究会で勉強を続け「こういうものを作りたい」という要求項目をまず作りました。私はコーディネーターとして、いい技術を持っている企業に「やってみませんか」と直接交渉して研究会に入って頂いて、糸を染めて素材を作るところから始めたんです。最高の技術をもったメンバーたちが、地上にある技術を一生懸命宇宙用に応用して下さった。他では一から始めても同じようにはできないと思いますよ。
JAXA:どうやって可能になったんでしょう。
多屋:一言で言えば人脈(笑)。長年のお付き合いの仕方かもしれませんね。たとえば、この衣服の売りの一つである「面ファスナー」を開発したクラレファスニングさんは何年もかかって最後に研究会に入って頂きました。 1999年頃に宇宙の衣服研究を始めたときから、当時宇宙で使われていたベルクロの課題に気づき替わるものとして面ファスナーを考えていました。面ファスナーはソフトで耐熱性にも優れ、皮膚への刺激が少ない。でも当時は宇宙仕様にはまだ使えなかった。その後うまく開発を進めて下さり、2006年の終わり頃再度お話を伺ったら、「先生できましたよ」と。さらに上乗せした要求項目もクリアしてくれました。日本の企業はスゴイですよ。
JAXA:細かいところにこだわりがありますね。
多屋:素材では何を何パーセント、というちょっとした組み合わせで全然効果が違います。また消臭などの加工についても、均一に加工するのがものすごく難しくて、東レさんが「ナノマトリックス加工」という先端技術を開発して下さったんです。直径1ミリに約60本が通るほどのごく細い繊維1本1本に均一に樹脂加工することができるんです。表面積を大きくして消臭加工することで、効果が長持ちするんですね。
JAXA:見えないところにハイテク技術が詰まっているんですね。
多屋:まだありますよ(笑)。肌に接触するところを少なくするために、無縫製にしましたが、布と布を合わせた部分の強度を上げるためのテープも新開発しました。その結果、軽くて丈夫で着心地がよくなりました。こういう細やかさはハイテク繊維の技術を持つ日本でなければ実現できないと思いますね。
実はこれらは宇宙飛行士の方だけでなく、地上の福祉現場で使うことも考えて開発しているんです。
JAXA:福祉で生かされるとは、具体的にはどんなところですか?
多屋:たとえば病気などで、ずっとベッドで寝たままの状態の方の衣服は皮膚への刺激が少ないことが必要です。縫い目などがあると床ずれができやすく、時には膿んで痛い思いをされてしまう。また寝たままでなくても皮膚の弱い方は、少しの縫い目でも刺激が大きくて血が出ることもあります。無縫製の技術を使えば、緩和できると思うんです。
面ファスナーは地上でおむつなどで既に使われていますが、耐久性があってソフトで衛生的にすぐれた宇宙仕様を、また地上に活かすことができる。
宇宙で要求されるものは、地上の福祉分野で要求されていることと重なるところが多いので、ぜひスピンオフしたいと思っていますし、実際にもう始めています。
JAXA:どんな現場で始めていますか?
多屋:2006年度には、重度の心身障害の方達の成人式用の衣服に、宇宙用で開発した素材を使いました。産まれながらに寝たままの方たちで、20歳までは生きられないと言われることもあるそうで、ご本人も周りの方たちも成人式を迎えることを目標にされています。その晴れの日である成人式の衣服を是非つくって欲しいと。
そこでナノスケール加工の技術を使って、よだれで匂いが発生しないように消臭加工をしたり、車いすに乗るから静電気が発生しないようにしました。お嬢さん達はものすごく喜んで下さいましたね。今年度は秋冬の外出着をつくって学会でファッションショーを開きました。自分から衣服を着ようとすることがなかった方達が自分で着たと。衣服の力は大きいと実感しました。
JAXA:特に女性は、着るもので気持ちが変わりますからね。
多屋:本当にそうですね。施設の方が「今後の彼女の人生に生き甲斐ができた」とうれしい言葉を頂きました。福祉の現場では、介護される方がどんな衣服を着せていいかよくわからないと言われます。そんなときに、極限の環境である宇宙で衣服の素材開発をした技術が応用できる。宇宙のありがたいところです。逆だったらなかなか企業は動いてくれないと思うんです。でも、宇宙飛行士のためだけでなく地上でも大切で生かされることだからこそ、この衣服開発に多くの企業が協力して下さったのだと思います。
JAXA:宇宙の利用価値はそこにあるかもしれませんね。
多屋: これから高齢化社会に突入しますよね。私は宇宙飛行士も障害のある方もお年寄りも、すべての人の生活支援を目標にしています。まず宇宙をテーマに開発させてもらった技術を使って地上に応用していく。宇宙利用というのはそういうことだと思います。
JAXA:今後の展開についてはどうお考えですか?
多屋: まず土井飛行士に宇宙で着て頂いて、実際に保温性や水分移動、着心地などがどうだったかを是非伺いたいですね。
希望としては、宇宙飛行士の方々に着用して頂いた結果をフィードバックしてさらにいいものをつくって、その完成形をNASAの衣服カタログに載せて世界の宇宙飛行士に選んで頂けるように進めていきたいですね。
JAXA:日本の製品の細やかな気配りは、受けそうですよね。
多屋: 実際に着て頂いたら違いがわかると思うんです。そのカタログには衣服だけでなく色々なアメニティーグッズが載っています。歯磨き、シャンプーなど一番個人的で好みが違うものですよね。日本製のもので貢献できるものがいっぱいありそうです。
たとえば今、宇宙ではタオルをたくさん使っています。シャワーの替わりに体を拭いたり、シャンプーや歯磨き粉をふき取ったり。でもタオルだと容積が大きいのでタオルに替わるもので、コンパクトにゴミにならないようにできるのではないかと思いますね。
JAXA:ビジネスとしての展開はいかがですか?
多屋: したいですね。専門家に入って頂いてきちんとしたビジネスモデルを作らないといけないというのが大きな課題です。たくさんの企業が参加しているので、どこが請け負って進めていくか。でもポロシャツも1枚2万円ほどでできるので、商品化することで地上のたくさんの方達が使ってくださるといいなと思っています。