2022.05.11

「中古衛星市場」で人工衛星にセカンドキャリアを~S-Booster2019受賞職員の挑戦~

人工衛星や探査機は、基本的に一度宇宙に打ち上げてしまったら、そのあとは修理ができない。だから壊れないように、信頼性高く、頑丈に作られている。大型の高機能衛星の場合は尚更だ。それ故、設計された寿命を超えて長く運用できることが少なくない。新しい機種が登場する時、旧機体を廃棄するのか、使い続けるかは現在、大きな課題となっている。(レポート:ライター林 公代)

「例えばNASAの火星ローバー『オポチュニティ』は90日間の運用予定をはるかに超えて11年間活躍しています。また2009年に打ち上げられたJAXAのGOSAT(温室効果ガス観測技術衛星『いぶき』)は5年の運用予定が10年を超えても稼働しましたが、2018年には最新機器を搭載した2号機が打ち上げられ、2022年には次号機の打ち上げが予定されています。まだ活躍できる衛星であるにもかかわらず、スポーツ選手で言えば控えか引退かを迫られる。そこで『衛星の中古市場』を作り、まだ働ける衛星のセカンドキャリアを輝かせたいと考えました」。

こう話すのは、JAXA新事業促進部の市川千秋さん。JAXA入社後、国際宇宙ステーションへの貨物便「こうのとり」や地球観測衛星の開発運用に10年以上携わってきた。たとえば「こうのとり」は開発に5年以上かかるのに、打ち上げ後数か月で大気圏に突入し燃え尽きてしまう。「JAXAの事業所一般公開で『そんなに頑張って作ったのに数か月しか使わないんですか』と来場者さんから言われたことが原体験としてあります。頑張って開発した高い信頼性や品質、技術をもつ衛星を、衛星を持ちたい新興国の方などに広く使って頂く機会を提供できれば、市場として発展していけるのではないか」。中古衛星市場を考えた理由を語る。

市川さんはJAXA外の有志とチーム「オポチュニティ」を結成。内閣府が主催する宇宙ビジネスアイデアコンテストS-Booster2019で中古衛星の取引プラットフォーム(SRM=Satellite Re-use Market)について発表したところ、JAL賞を受賞した。その内容は、まず衛星運用の経験とJAXAの知見を活用して人工衛星の残存価値を定量的に査定、証明書を発行。次に売り手と買い手間の取引を契約までサポートし、その後のアフターサービスも提供する。SRMは仲介手数料などを収益とする。中古衛星を活用することでユーザーは圧倒的に早く、低コストに衛星ビジネスを開始できることがSRMの最大の「売り」だ。

たとえば、日本が使っていた観測衛星を、衛星を持っていなかったアジアの国々で使えってもらえば自分たちが見たいところを観測できるだろうし、日本上空で使っていた4Gの通信衛星がアップグレードされて5G通信衛星になった時、「4Gでも十分」と考える国や事業者があれば、活用してもらえるのではないか。

これまで、静止軌道衛星の売買が企業間で直接行われた実績はあるが、プラットフォーム的な仲介業者は存在しなかった。実現すれば「世界初」のサービスになる。

●中古衛星ならではのメリットはー早く、安価に衛星をもつこと

そもそも衛星の寿命は何で決まってくるのだろう? 自動車がそうであるように、人工衛星も運転の仕方で寿命が変わってくる。たとえば燃料。衛星の居場所である軌道を維持し、姿勢を制御するために燃料を使うが、頻度が多いほど燃料が早く減る。燃料がなくなると衛星は使えない。ほかにも劣化する部品がある。たとえば姿勢制御に使う部品「リアクションホイール」は、長い期間経つうちに摩耗し、やがて使えなくなる。ただし、これらはトラブルが起こることを想定し設計されている。大きなトラブルなく運用されれば、予定の運用期間が終わったあとも長く使える可能性が高く、中古市場に売りに出せる。

衛星を中古で保有する場合、人工衛星を開発するには最低2~3年かかる期間が約6か月に、開発コスト最低10億円が約3億円ですむと市川さんらは試算している。人工衛星を一から開発しようと思うと専門知識や技術が必要でハードルが高い。そうしたハードルを下げ、「安く、早く」宇宙業界に参入したいユーザーにとって中古市場はメリットが大きい。

さらに中古衛星ならではのメリットもある。それは「初期故障のリスクが小さいこと」。人工衛星はどんなに注意深く製造しても、打ち上げ後半年ぐらいまでは、例えば太陽電池パドルが開かないなど機器故障が起こることがある。中古衛星の場合、故障リスクの多い初期運用をクリアし、機器が正常に動くことが証明されているわけで、すぐに使い始めることが可能なのだ。

想定ユーザーは、衛星を保有したい新興国、地方自治体、早く宇宙産業に参入したいスタートアップなど。地球観測衛星の場合、衛星をもたず衛星データを購入することも可能だが、災害時など緊急時に撮りたい時に撮りたいものを撮れない場合もある。衛星のオーナーなら、いつでも撮りたい場所を観測し、すぐにデータを入手して活用することができる。

一方、衛星の売り手にとってのメリットはなんだろう。「売却益で新規衛星を開発することができるし、使用後の衛星を廃棄せずに済む。また、航空機リースは現在、投資先になっている。人工衛星についても同様にリースを行う事業体が出てくることも考えられる」と市川さんは説明する。人工衛星の数が増え続ける現状では、新たな衛星を次々打ち上げるより、使える衛星を有効活用することが、宇宙環境保護やスペースデブリ対策という観点からも重要ではないだろうか。

●衛星をもつにはどうすればいい?JAXA衛星を活用し練習の機会が

「中古衛星ってメリットあるかも!」と思っても、実際に衛星をもつということはどういうことなのか、イメージがわきにくいかもしれない。宇宙業界にこれから参入しようとする方ならなおさら何から手をつけていいかわからないに違いない。そういう方たちのためにJAXAは4月、「JAXAの衛星を譲り受け、運用しませんか」という画期的な募集を始めた。

対象となる人工衛星は、2021年11月9日に打ち上げられたJAXAの小型実証衛星2号機(RAISE-2)。公募により選ばれた6つの部品・機器を宇宙で実証することを目的とした衛星だ。2022年2月から定常運用フェーズに入り、各機器のデータなどを取得し実験提案者に提供している。RAISE-2は約1年後に定常運用が終わる予定で、その後に譲渡し、自ら運用を行い新しい宇宙事業のための実証を行う民間事業者を公募している。(応募は4月に締め切り)

「民間事業者さんに衛星を保有してもらい、衛星を持つことでどんなリスクがあるのか、運用維持メンテナンスにどれくらいの費用がかかるのか。どんな体制をひかないといけないのか、登録などの手続きにどんなことがあり、どんな責任が生じるのか、それらの課題を実際に経験しクリアにして頂くという意味合いが大きい」(JAXA市川さん)

衛星を保有するということは、衛星の運用を担うということでもある。写真は「こうのとり」9号機の運用の様子

RAISE-2衛星の譲渡を受けた事業者は衛星を運用するとともに、6つの部品・機器の実験提案者に実験データを提供、利用料をとることができる。6つの実験テーマはジャイロやセンサ、アンテナなど、将来の小型衛星で役立ちそうな革新的な機器が多い。HDカメラを搭載している企業もあるので、今後の話し合いで「撮影してほしい」という衛星保有企業のリクエストが可能になるかもしれない。

ちなみに、JAXA衛星の企業への譲渡は過去にも実績がある。JAXAの小型実証衛星4型(SDS-4)が2019年12月にスカパーJSATに譲渡された。スカパーJSATは静止衛星ビジネスを展開してきたが、低軌道衛星が成長分野として注目されていることから、低軌道衛星SDS-4を保有し宇宙・衛星事業ビジョンの一環として取り組むと発表文に記されている。

今回のRASE-2の譲渡と事業実証への取り組みは「宇宙産業に参入する新たなプレーヤーを増やし、新しいビジネスを創っていきたい」というJAXA新事業促進部の狙いから生まれている。衛星に関わったことがない方が衛星を運用すれば、考えてもいなかった課題や制約が生じることがあるだろう。そんな時、JAXAが技術サポートできるかもしれない。

2021年11月9日に打ち上げられたJAXAの小型実証衛星2号機(RAISE-2)

ちなみに今回の衛星(RAISE-2)は無償で譲渡されることを前提としている。ただし移管後の運用の費用については譲渡先の企業が負担する予定だ。公募の説明会(3月開催)に参加した企業は約10社。JAXAの想定より多く、宇宙業界以外の多様な業界から応募があったという。今後、議論を重ねて11月ごろには譲渡先の企業を選定する予定だ。

「新しい事業者の皆さんに関心をもっても頂けたし、関心の度合いがわかりました。実際に民間事業者の方々に衛星を運用してみて頂いてどうだったか、課題を抽出していくことが、これから衛星中古市場を大きくしていく上でまずは大事と思っている」(市川さん)

小型実証衛星(RAISE)は今後も3号機、4号機と続く予定だ。「継続した取り組みにできるように布石を打つ必要がある。衛星の2次利用をふまえて開発段階から2次利用用のカメラなどの汎用性のあるミッション機器が予め搭載されていることが大事。そうすれば譲渡を受けた企業は利益をあげるデータ等が取得できるでしょう。衛星の付加価値もあがって、JAXAも有償で譲渡し、次号機の開発費に寄与をできるかもしれない」。

S-Booster2019で最終プレゼンテーションを行う市川千秋さん(提供:内閣府)

JAXAは今後も定期的に大型衛星を打ち上げていく。それらの衛星のセカンドキャリアも今後、多様化していくだろう。航空機は機体数増加とともに中古市場が発展、現在流通している航空機の約半数が中古だという。「同じ現象が衛星業界でも起きようとしている」と市川さん。人工衛星の世界も変革期を迎えている。燃料がなくなったら衛星の寿命が尽きると書いたが、宇宙で衛星に燃料補給できるとしたら中古衛星の価値がさらに上がる?その詳細は次回。

ちなみに、市川さんが入賞した宇宙ビジネスアイデアコンテストS-booster2022(https://s-booster.jp/2022/index.html)は6月20日まで応募を受け付けている。