2022.05.20

燃料補給、機器交換~人工衛星の世界が劇的に変わる「軌道上サービス」~


JAXA新事業促進部が構想する「静止軌道プラットフォーム構想と軌道上サービスの将来像」動画
(※本動画は、新事業促進部が中心となり検討した構想を映像化したものです。)

 

●宇宙で人工衛星の燃料補給に成功! 軌道上サービスとは?

まだ使えるにも関わらず引退を余儀なくされた人工衛星に、第二の活躍の場を与える「中古衛星市場」について先日、記事を掲載した。

「中古衛星」を買おうかと迷った場合、気になるのが衛星の状態だ。あとどのくらい使えるのか、そもそも健全に動くのか。宇宙にあるからもちろん衛星を触ることはできないが、中古車や中古航空機を選ぶときのように、機体をぐるりと見て回って自分の眼で確認できたら…。スペースデブリ(宇宙ゴミ)がぶつかって傷やガス漏れしているところがないか、温度が異常に高いところや低いところがないか。データ上は問題なくても、外観を見てわかることがあるかもしれない。そういった点検を行う人工衛星のニーズが出てくるだろう。

点検の結果、「燃料が残り少ない」とわかれば燃料を補給するサービスが出てくるはずだ。また通信衛星の場合、機器を4G対応から5G対応にアップデートできれば中古衛星の価値はあがるだろう。「宇宙で中古衛星の点検、燃料補給、機器交換などを行う『軌道上サービス』と呼ばれる分野が新たな市場として出てくるのではないか」。そう語るのは事業開発グループ J-SPARCプロデューサーの上野浩史氏だ。

 

主に、軌道上サービス、通信ビジネスを担当するJ-SPARCプロデューサー上野浩史氏

人工衛星は一度打ち上げたら修理はできない。それが宇宙業界の常識だった。燃料がなくなったら給油するとか機器を取り換えるなんて、夢のような話にも聞こえるが、世界ではそんな動きが既に始まっている。

たとえばノースロップ・グラマンの子会社スペース・ロジスティクスが開発した人工衛星MEV-1は2020年2月、通信衛星インテルサット901にドッキング(2機の商業衛星の軌道上ドッキングは世界初)。インテルサット901は2001年に打ち上げられた衛星で、通信放送を行う機器には問題ないものの、軌道を維持するための燃料が不足していた。そこでエンジン類を搭載したMEV-1がドッキングすることで軌道維持の役割を担い、2025年まで5年間、インテルサット901寿命が延長されることになった。その後、MEV-1はインテルサット901を離れ、別の衛星に同様のサービスを実施することが可能だという。

インテルサット通信衛星にドッキングしたMEV-1衛星 (提供:Northrop Grumman)

2021年4月にはMEV-2衛星が別のインテルサット通信衛星にドッキング。2004年に打ち上げられた同衛星は約5年間の運用期間延長予定だ。通信衛星の寿命は約15年とも言われるが、20年以上にわたる長寿命衛星が実現することになる。

「ただし、このサービスは事業性という観点ではあまり魅力的ではない」。上野氏はそう指摘する。「MEV-1、2が軌道維持を担うには5年間ずっとドッキングした状態を保持していなければならない。仮にMEV衛星の寿命が15年間とすると最大で3機しかサービスできない。そんなにいいタイミングで別の衛星にサービスできるのか。1機の衛星に対して1機がサービスするなら、新しい衛星を打ち上げた方がコストや機能面を考えると利点が多い」(上野氏、以下同じ)。人工衛星の寿命を延長できることは技術的には画期的だが、事業として行う段階にはまだいっていないという。

●なぜ今、軌道上サービス?

そもそもなぜ今、「軌道上サービス」が話題なのか?

「通信衛星で言えば、従来はどのエリアに対してどの周波数でどんな回線容量で、と固定され、通信エリアを変更することができませんでした。今後はデジタル化されて、通信ビームを送る方向や周波数、回線の太さを地上からソフトウェアで変えられる。例えばある地域の災害やイベントで通信容量が通常より多く必要になった場合も、柔軟に対応できます。そうなると、日本で使っていた通信衛星が引退後、衛星の軌道位置を変更し、アジアや中東の他の国で使うことができるし、衛星の使い方そのものを世の中のニーズに応じて、軌道上で変えられるわけです」

一つのミッションのために打ち上げられていた衛星が、その目的を達成した後に別の目的にも使える。衛星の軌道位置を移動させ、寿命を伸ばすことができれば、様々な人が様々な目的で使いたくなるはずだ。

ハッブル宇宙望遠鏡の機器交換の様子(提供:NASA)

気象衛星や地球観測衛星の場合は、定期的に観測性能の向上が期待される。機器類を変えられるように設計されていれば、宇宙で機器を交換してアップグレードすることが可能。「わかりやすいのはハッブル宇宙望遠鏡。望遠鏡の観測機器を変えられるように設計されていた。(5回にわたる修理ミッションで)宇宙飛行士が船外活動を行って、センサーや機器類を変え、解像度をあげたりしました。その作業をロボティクスで行うことが、以前から検討されています」

●軌道上サービス実現に向けてー世界初の大型デブリ除去

軌道上サービスを世界に先駆け実験した技術試験衛星Ⅶ型「きく7号」(イメージ図)

上野さんによると、日本は軌道上サービスについて、世界に先駆けて実験を行っていたという。1997年に打ち上げられた技術試験衛星7型「きく7号」は、宇宙で「おりひめ」「ひこぼし」という二つの衛星に分離。自動操縦で接近、ドッキングに成功した。またロボットアームによる機器交換も行っている。上野さんは当時、「きく7号」ミッションで軌道上ロボットアームによる構造物組み立てを民間企業の立場で担当していた(その後、JAXAに転職)。

今後の「軌道上サービス」に繋がる技術について、JAXAと民間企業が連携するミッションが予定されている。世界初となる、大型商業デブリ除去の技術実証(CRD2:商業デブリ除去実証)だ。2023年度打上げのフェーズ1では㈱アストロスケールとともに、スペースデブリを想定した「非協力ターゲット」(姿勢制御されておらず、接近や捕獲のための機器を持っていない物体)に接近、その運動や損傷の度合いを映像で取得する。2025~2026年度に打ち上げ予定のフェーズ2では大型のスペースデブリを実際に捕獲、除去する計画だ。

CRD2商業デブリ除去実証 Phase-I のミッションイメージ(提供:㈱アストロスケール)

㈱アストロスケールは2021年3月に宇宙デブリ除去技術実証衛星ELSA-dを打上げ、模擬デブリ捕獲や誘導接近の実証に成功。スペースデブリ除去のみならず衛星の寿命延長など、軌道上サービスの実現を掲げるスタートアップである。

接近、ランデブー飛行しながら映像を撮影したり、捕獲したりする技術はスペースデブリ除去だけでなく、燃料補給や機器交換といった今後の軌道上サービスに必須の技術だ。技術的な難しさはどこにあるのだろう?「接近で一番キーになるのはセンサー。相手がどういう動きをするのか推定できないと接近できない。自動車の自動運転に代表されるように、地上のセンシング技術は発展している。課題は大量の画像データを処理するため計算機の能力が高くないといけないこと。接近ができればあとは相対位置を保って飛行し、捕獲する。回転している物体(衛星)を捕獲し、静止させる技術も課題になります」。

●2030年代、静止軌道上に軌道上サービスを行うプラットフォームを

JAXA新事業促進部では、「軌道上サービスを駆使した将来像」について動画を作成、公開した(冒頭)。ミッションに特化した衛星群、インフラを提供する衛星群が静止軌道上でプラットフォームを構成する。ミッション衛星群の機器はロボット衛星で最新機器にアップデート可能、インフラ衛星にはエネルギー伝送を担う衛星、人工衛星の大量のデータを保存、処理する衛星、地上局との通信を担う衛星などがある。

「人工衛星の世界ががらりと変わります。これまでは例えば地球観測衛星を打ち上げようとすると、観測機器だけでなく、地上との通信用のアンテナや膨大な観測データを保存、処理するための計算機など『バス』と呼ばれる機器も開発して打ち上げる必要がありました。でも通信インフラやデータ処理などの機能は軌道上プラットフォームに分散して持たせればいい。衛星の近くに通信基地局があれば、衛星はアンテナをもたずWi-Fiの機器だけ搭載すればいい。観測データをデータセンターに送ると、センターで意味あるデータだけを選び、地上に送信する。そうなれば地球観測衛星は、センサーなどの観測機器を中心に小型にできる」

日本ロボット学会フェローにも認定(2020年)されたJ-SPARCプロデューサー上野浩史氏

こうした静止軌道プラットフォームの考え方は1970年代から存在するが、分散機能まで言及している例は世界にないそうだ。実現に何が必要なのか?

「機器類が宇宙で交換できるように、人工衛星をどこまで標準化できるか。交換可能なモジュール衛星にできるかどうかで軌道上サービス実現の難易度が変わるので、大きな課題です。そのためには、軌道上サービスの価値を作る側も使う側も理解しないといけない」。

実現に向けた取り組みは始まっている。NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)は2021年度下期にSBIR(Small Business Innovative Research)推進プログラムで、軌道上サービスのための宇宙機器用共通インターフェース開発について公募をかけた。2社が選ばれ、JAXA新事業促進部の支援を得て、モジュール衛星実現のためのインターフェースの共通化検討が進められた。

NASAでも、軌道上で組み立てや製造、燃料補給など様々なサービスを実証しようという衛星(OSAM-1、2)が2025年以降に打上げ、実施される予定だ。将来に向けた実験はISS(国際宇宙ステーション)でも始まっている。たとえば「宇宙ガソリンスタンド」を掲げるスタートアップ・オービットファブは2019年、ISS内で燃料に見立てた液体の輸送を2つの装置間で成功したと発表。オービットファブは2021年7月に1号機となるタンクを地球周回低軌道に打ち上げている。

これまで宇宙のインフラと言えば、ロケットと人工衛星の2種類しかなかった。しかもそれらは単一の目的で打ち上げられていた。「これまでとは違うインフラが宇宙に出現しようとしている。観測したい人はセンサーや観測機器だけ開発すればいい。圧倒的にやりやすくなるでしょう」(上野氏)。静止軌道プラットフォームが実現すれば、人工衛星の世界に変革が起きるかもしれない。その変化は既に始まっている。(レポート:ライター 林 公代)