平成18年度採択案件/ビジネス提案型(旧制度)

共同研究実施体制

ユニットリーダー:エリ松居JAPAN(東京都) 代表取締役 松居 エリ
ユニットメンバー:財団法人 日本ユニフォームセンター 田川 香津子
         SPOSA DI MATSUEDA 松枝衣裳店総本店 松枝 伸佳
         株式会社 パールトーン 國松 照朗
         スペースフロンティアファンデーション 大貫 美鈴
JAXA研究者:産学官連携部 肥後 尚之


共同研究の背景及び概要

これまで全く接点のなかった宇宙とファッションの接点を探り、相互に影響を及ぼしつつ発展を図るプロジェクト。中・長期に渡る継続的経営が可能な、世界初の宇宙×ファッションビジネスモデルの構築、実践、及びその民間、企業への波及を目指し、米国ロケットプレーン・キスラー社の弾道宇宙旅行用公式ウエアのデザイナーコンペなどのイベントを活用して実践的なマーケティングリサーチを行なう。


INTERVIEW

インタビュー

ファッションが宇宙の人間関係を呼びおこす

エリ松居JAPAN
代表デザイナー
松居エリ

2006年11月2日、東京大学本郷キャンパスで、異色のファッションショーが行われた。テーマは「宇宙旅行」。2008年末頃のフライト開始を目指す米国のロケットプレーン・キスラー社の宇宙旅行用公式ウェアを制作するデザイナーを選ぼうという「スペース・クチュール・デザインコンテスト」の最終審査だ。コンテストの実行委員長は最先端の科学やテクノロジーを取り入れたファッションを発表し続け、 JAXA宇宙オープンラボで「宇宙ウェア開発ユニット」活動を行っている、デザイナーの松居エリ氏。普遍的な美を追求する過程で科学に出会ったという松居氏に、宇宙とファッションの可能性について伺った。


01. 「やりきった感」のあるファッション界に、宇宙が飛躍をもたらす


JAXA:モデルたちが実際に宇宙旅行服を着たショー、インパクトが大きかったですね。

松居:最終審査に残った11人のデザイナーたちには、本当に美しいものを追求してほしかったので、いいモデルを出してあげたかったんです。モデルでショーの雰囲気が変わります。彼女たちはパリコレや東京コレクションにでている日本のトップクラスのモデルたち。予算がない中でヘアメイク、演出、司会などたくさんのボランティアとJAXAのご協力のおかげで実現できました。

JAXA:このコンテストでは、どんなことを目指していたんですか?

松居:2005年6月頃に、宇宙旅行服のコンテストをやりたいというご相談をロケットプレーン関係者から受けたときに、二つのことを考えたんです。一つは「宇宙でファッションをどう変えるのか」という根本的なこと。もう一つは「ファッション界の若いデザイナーたちに何かしなければ」という想いがずっとあったことです。彼らは表層的な部分で服作りをしてしまっている。プレタポルテ、つまり大量生産で作った服に体を合わせている影響だと思うんですが、例えば「なぜここにダーツ※があるの?」という疑問から入らずに、「ここにダーツがあるのは当たり前」と思いこんでいる。その発想は、科学的でもアーティスティックでもない。
 そういう刷り込まれた潜入観念を払拭するには、宇宙は非常にいいテーマだと思いました。無重力という環境を含めて新しい世界ですよね。実は、ファッション界もアート界もやるだけのことをやりきってしまっていた。そこにサイエンスの新しい真実がくると、飛躍が起きる。アートの歴史で言えば、印象派にとっての光やキュービズムにとっての四次元のように、宇宙が何かを語りかけてくるだろうと直感として感じました。

JAXA:「宇宙とファッション」という点では、どんなことを考えましたか?

松居:まずは無重力がわかりやすい課題です。無重力の空間で生地がどういう動きをするか、人間がどう動くか。ファッション界に一石を投じるために、宇宙ならではの新しい視点が必要です。逆にファッションが入ることで宇宙がどう変わるのか。衣服の形、その衣服を着る人の気持ち、また衣服は人間関係を新しく呼び起こすものです。サイエンスを専門とするアカデミックな皆さんに、ファッションや大衆の持つエネルギーとか力を打ち出したいと思いました。

JAXA:コンテストを終えて、松居さんが狙いとしていたことへの手応えはありましたか?

松居:トップ11の熱意と創造力を感じました。今回、最優秀賞に選ばれた梅津さんの「宇宙散歩」は人間関係の基本である「愛」がテーマで、造形美の面白さもありました。賞に選ばれなかった作品の中でも、幾何学的な新しい発想でデザインし無重力で形の変わる服もありましたね。これから梅津さん、日本女子大学の多屋淑子先生たちとコラボレーションを始めて科学とファッション、アートを融合させた、未来に向けた服を制作します。2007年春にパリで発表する予定です。

※ダーツ:布を立体化するために、体の凹凸に沿ってとるつまみのこと。

02. 物理学から得た発想の転換、物作りへのヒント


JAXA:科学に興味を持たれたのは、いつ頃ですか?

松居:松居 きっかけは、スタッフとの雑談の中で出た四次元の話です。創作に行き詰まっていた頃かもしれない。物理学の考え方が面白くて、発想の転換があったし物作りの具体的なヒントもありました。それから色々な本を読みましたね。最初のショーは1996年の「非ユークリッド幾何学的な・・・理論物理学へのオマージュ、二次元の布から三次元の体へ」です。服作りの過程では、二次元の平面のパターンを三次元の立体の体の線に合わせるのが謎だった。そこに曲面を扱う「非ユークリッド幾何学」が微妙にシンクロしたんです。
 アートはやみくもにオリジナリティと言いますが、サイエンスは積み上げていく明快さがあります。ダ・ヴィンチの頃は一体だったアートとサイエンスが、その後分かれてしまったけれど、その二つを融合させる会を作ってサイエンスマインドで服を作り始めました。
 たとえば私のお店のウェディングドレスで、装飾用の花をフィボナッチ数列※を使って作ると、かなり装飾があってもお客様は「シンプル」という表現をされる。できたものが複雑でもシンプルな方程式が貫いていれば、脳は美しさを見いだす。女性はその法則性を一瞬のうちに感じ取っているんです。お客様に学ばせていただくことも多いですね。

JAXA:宇宙には興味を持たれていました

松居:ブラックホールとか、素粒子とか、理論物理学に興味を持っていました。でも国際宇宙ステーション(ISS)のことは知らなかったんです。情報が多すぎると惑わされると思って、ニュースは見ないから(笑)。でも知ってびっくり。これはみんなにも教えたいと思いました。世界各国が協力して建設しているのも素敵なことだし。でも若い女の子たちも知らない。宇宙に常に2~3人は暮らしているとか、シャトルが何をしているとか話すと驚きますね。
 ただ宇宙飛行士の衣服を見たときには、おそらく機能的なことが優先されていて、ファッションで自分を表現する段階には至っていないと感じました。

JAXA:松居さんの考えるファッションとは?

松居:「人間のからだ」と「人間関係」がキーワードです。一人一人違う体がまずあって、そこに必要なのが服。プレタポルテで大量生産した服に体を合わせるのではなくて、テクノロジーが発達した今なら、過去のオート・クチュールを進化させて、個に合った服ができるはずです。それが「スペース・クチュール」の「クチュール」に込めた意味です。それから、人間関係が生まれるところにファッションあり。ファッションは自分がこういう人間であるということを見せるものです。好きな服を着ることによって自信が生まれるし、ファッションで自分の考え方をアピールできる。人間は生理的欲求が満たされるだけでは生きていけない。人間関係欲求がある。そこに洋服は重要な役割を果たすし、そうなって初めて、宇宙にファッションが入ったということになると思います。

JAXA:松居さんのビジネスの基盤であるウェディングに宇宙はどう結びつくのですか?

松居:ウェディングも、宇宙や科学を取り入れたファッションも、志は同じなんです。ウェディングドレスは純粋に美を追求すればいい。「脳はなぜ美を感じるか」と科学を通じてアプローチするのも、花嫁を美しくするドレスも、普遍的な美の追究という点では同じ。
 実はウェディングドレスって重力との戦いなんです。ドレス自体も重いですし、美しいフリルやフレアを作ろうとするとき、また体にフィットする服を作ろうというとき、重力がどう働いているのか、生地の張りとの関係はどうなのか、何が問題なのかがはっきりしない。重力のない世界で何が起こるかを見れば、重力の働きがわかると期待しています。それが宇宙ならではのファッションにも活かせるし、地上の服にも反映できるはずです。

※フィボナッチ数列:前2つの項の和を次の項として順次作っていく数列のこと。1、1、2、3、5、8、13、21、34...と続く。

03. 国際宇宙ステーションでファッションショーを


JAXA:今後の計画を教えてください。

松居:2007年春に、パリで宇宙旅行服を発表するのが当面のターゲットです。パリは世界のファッションの発信地ですし、パリやミラノのデザイナーたちが日本のアニメに憧れ、影響を受けています。でもパリコレはそれ自体で完結している、できあがった世界。もっと新しく、次世代に向けた何かを発信したい。例えば、アートとか芸術とか工芸を含めて「ネオ宇宙バウハウス」のような活動ができたらと思っています。20世紀初めの芸術運動、バウハウスの機能美に実際の宇宙の知識と人間関係に必要な装飾もプラスして、テクノロジーに今ひとたびの夢を与えるものを作っていきたい。

JAXA:ビジネスとして進めていく上での課題は?

松居:やはり宇宙服を地上に反映しないといけないですね。イメージだけでなく、フリルなど実際の衣服作りにも宇宙で得た知識を活かしていく。まずは宇宙旅行自体にハイファッションな「素敵感」を最初から与えないと。だから、見せ方にこだわるんです。見せ方を間違えると、人は感動しません。
 その上で宇宙旅行で実際に着る服であると同時に、地上でも着てみたいと思わせるような格好よく、宇宙を想起させる服を作りたい。昨年作った、宇宙をイメージしたウェディングドレスも全世界に発信していきます。宇宙のイメージは、ファンタジックとかロマンティックで夢のある感じですよね。花嫁のイメージにぶつけていける。また、今実際に応募されている宇宙旅行客の中で、宇宙ウェディングを予定している方がいらっしゃるようなので、私のウェディングドレスを提案しようと考えています。

JAXA:その先にねらうのはなんでしょう?

松居:国際宇宙ステーションでのファッションショー。高度100kmの宇宙旅行は時間が短いので、安定した無重力の環境のある宇宙ステーションでどんなふうに服が動くのか、人間のからだが運動するのかを含めて、ぜひ見てみたい。そして無重力で私たちが暮らす時代にどういう服がいいのか、宇宙と地上の服の両方を考えたい。
 ただ、ずっと浮かんだままだとショーにならないんですよ。宇宙飛行士の方に話を聞いたら、どうやら壁を蹴って移動するらしいので、その練習もしないといけない(笑)。そう考えると、月のような小さい重力のある場所もステキですね。

松居 エリマツイ エリ

武蔵野美術短期大学工芸デザイン科染色コース卒業
1983~85年 米国シカゴのウィリアムレイニー・ハーパーカレッジのファッションデザイン科に学ぶ
1988年 エリ松居JAPANを設立
1996年以降 科学とアートを融合させたコレクション・ショーを年2回ペースで発表
1999年 物理学者、数学者、芸術家らと「ISACの会」結成、武蔵野美術大学で研究を始める
2000年 理化学研究所脳科学総合研究センター、故松本元博士と「脳・心・コンピュータ&ファッション」でコラボレーション
2002年 NTTインターコミュニケーションセンター(ICC)「メタファーとしての医学・芸術と医学」展に出品

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