平成23年度採択案件/ビジネス提案型(旧制度)

共同研究実施体制

ユニットリーダー:インタープロテイン株式会社 研究開発部長 肥塚靖彦
ユニットメンバー:インタープロテイン株式会社 代表取締役社長 細田雅人
         インタープロテイン株式会社 事業開発本部長 小松弘嗣
         株式会社丸和栄養食品 代表取締役社長 伊中浩治
         株式会社丸和栄養食品 営業部長 古林直樹
JAXA研究者:有人宇宙環境利用ミッション本部 宇宙環境利用センター
佐藤勝 白川正輝 佐野智 正木美佳


共同研究の背景及び概要

患者の負荷の軽減や医療費抑制に貢献するために、点滴投与が必要で高価な市販の抗がん剤(抗体医薬品)の代替となる画期的な抗がん剤の開発を目指しており、既に低分子化合物を独自の分子設計法で設計し、同等の薬効を示す化合物の開発に成功している。

この共同研究では、微小重力を利用した高品質な結晶生成技術を活用し、設計した化合物が働きを抑制したいタンパク質に設計通りに結合していることをX線結晶構造解析で確認し、その情報を基に化合物に改良を加え、世界初の新規低分子PPI制御薬となる、臨床試験に移行可能な抗がん剤の候補化合物(低分子医薬品)の創出を目指す。

将来的には、他の病気についても、今回一連の作業を通じて構築するビジネスモデルを用いて、タンパク質の立体構造に基づく合理的な設計手法により、顕著な薬効を示すが非常に高価な抗体医薬品の代わりとなる安価な低分子経口薬の開発を目指す。


INTERVIEW

インタビュー

地球では得られない結晶構造を宇宙で実現。
新薬開発の効率が飛躍的に向上!

インタープロテイン株式会社
代表取締役社長 細田雅人 氏 取締役 最高科学責任者 兼 事業開発本部長 小松弘嗣 氏

国際宇宙ステーションは、微小重力環境を利用した実験を行える場でもある。創薬ベンチャーのインタープロテイン株式会社は「JAXAオープンラボ」を活用し、地球では困難なタンパク質と化合物の結晶づくりを「宇宙実験」で実現。創薬に向けた開発プロセス効率化の一つのモデルを実証した。


01. 新薬につながる分子の設計をコンピュータで


JAXA:事業内容を教えてください。

細田:創薬を主力事業としています。2001年に、大阪大学発ベンチャーとして創業しました。創薬にはさまざまなアプローチがありますが、私どもは創薬の標的分子として「タンパク質間相互作用」(PPI:Protein-Protein Interaction)にフォーカスし、それを制御する化合物を創出することに取り組んでいます。生体内では、種類の異なるタンパク質同士がさまざまな相互作用をしていますが、中には病気の原因につながる相互作用があります。そうした相互作用を制御するための分子を開発して、創薬につなげていくのです。社名の「インタープロテイン」も、タンパク質間相互作用を由来としています。

JAXA:どのようなコア技術をおもちですか?

細田:「INTENDD」(Interprotein's Engine for New Drug Design)という、コンピュータで化合物の分子を設計する技術を一つの柱としています。薬の基本的な骨格となる化合物の分子を、標的となるタンパク質の分子との結合メカニズムに基づき、コンピュータによる計算で設計します。その前提として3Dプリンタによる分子模型も活用しています。INTENDDによって「低分子医薬品」とよばれる分子量の小さな薬を創ろうとしています。低分子であるため製造コストを安く抑えられるので、高額な抗体医薬品の代わりになると期待されているプロジェクトもあります。INTENDDのほかに「helix-loop-helix立体構造規制ペプチド技術」という方法もコア技術としています。こちらは中分子創薬で新たな中分子医薬品を生み出す技術です。

02. “邪魔”のない実験環境を求めて応募


JAXA:「JAXAオープンラボ」の利用に至った背景をお聞きします。

細田:新薬につながる低分子化合物を創るには、標的とするタンパク質の構造を知っておかなければなりません。そこでタンパク質と化合物の共結晶をつくって、その構造を分析するのです。ところが、地上ではなかなかそれがうまくいかない場合が少なくありません。なぜかというと地球に「重力」があるからです。きれいな結晶をつくろうとしても重力が邪魔して、思うように結晶をつくれません。結晶づくりに何年もかかってしまう場合もよくあります。

JAXA:応募と採択までの経緯は?

細田:私どもは、地上でつくったタンパク質と化合物の結晶を、前々からお付き合いのある丸和栄養食品に解析してもらっています。でも、やはりなかなか実現できない結晶もありました。そうした中、同社の伊中浩治社長から、JAXAが国際宇宙ステーションの日本実験棟を使った「宇宙実験」を募集しているとの情報を聞きました。当社は、INTENDDにより、タンパク質間相互作用という難しい標的に対して得たい化合物を見つけられるヒット率が10数%と、世界中で比較してもよい成績を誇っています。この技術と宇宙実験を組み合わせれば、新薬開発の生産性や競争力を大いに高められるのではと考えました。丸和栄養食品もタンパク質関連の結晶化や分析のノウハウをおもちなので、宇宙実験でそれをさらに活かせることになります。「宇宙実験での結晶づくりにチャレンジしましょう」と意気投合し、2社共同で応募しました。2011年度から2013年度のオープンラボに採択されました。

JAXA:実施体制における各役割はいかがでしたか?

細田:インタープロテインが化合物の設計や合成を行います。JAXAは宇宙実験で、タンパク質と化合物の結晶化を行います。そして、丸和栄養食品が地球に戻ってきた結晶がきれいに作られているかを確認するとともに、X線装置で構造解析を行います。「創薬サイクル」のようなものが構築できたと思います。

03. ノウハウが活かされ、回を追って成績向上


JAXA:「JAXAオープンラボ」の期間中、宇宙実験を何回、実施しましたか?

小松:計3回です。2011年に古川聡さん、2012年に星出彰彦さん、また2014年に若田光一さんが国際宇宙ステーションに滞在していた際、日本実験棟「きぼう」内のタンパク質結晶生成装置を使って実験してもらいました。

JAXA:実験本番に向けての準備はどのように?

細田:条件設定のために定期的にミーティングをしました。JAXA東京事務所で行いましたが、必要により当社や丸和栄養食品でも行いました。JAXAからは、有人宇宙環境利用ミッション本部(当時)に所属する担当者の方、それにオープンラボ事務局のコーディネーターの方も参加してくださいました。

小松:打ち上げの際は、JAXAが結晶化するためのタンパク質と化合物の試料をカザフスタン共和国のバイコヌール宇宙基地に運び込みました。打ち上げや実験本番の日時と環境条件は決まっているので、それらに合わせて試料の調製などの準備がなされます。試料は飛行士たちによって国際宇宙ステーションの実験棟にセットされました。

JAXA:宇宙実験本番のときはどう過ごしましたか?

細田:手順などが決まっているので、基本的には宇宙飛行士はじめJAXAの方々に委ねていました。飛行士が、試料の入ったキャニスタと呼ばれる結晶化実験用小型コンテナを手に持っている場面をテレビで見るたび、実験が成功することを願っていました。そして、飛行士とともに試料がカザフスタンに帰還すると、それをJAXAが回収して日本に持ち帰り、タンパク質と化合物の結晶状態を確認したり、X線解析をしたりしました。丸和栄養食品はJAXAの支援業者としてこの作業を担当しました。

JAXA:計3回の実験の成果はいかがでしたか?

細田:回を重ねるごとに、ノウハウの蓄積が進み、結晶化の成績がよくなっていきました。各回とも宇宙実験の前に地上で同じタンパク質と化合物を使った結晶化実験をしたのですが、初回は宇宙での実験の方が成績が少し下がってしまいました。けれども2回目では、宇宙実験で初めて構造解析可能な状態の結晶も出てきました。そして3回目では、6種類の試料すべてで構造解析可能な結晶となりました。いわば「オール優」という最高の成績です。地上での技術を高めたからこそ、宇宙実験の価値も高められたと思っています

04. 創薬プロセスの効率化が可能に


JAXA:宇宙実験で得られたタンパク質と化合物の結晶構造は、創薬にどう活かされるのですか?

小松:「PPI制御薬」という薬を開発していく上での有用なデータとなります。PPI制御薬はタンパク質同士の相互作用を阻害することなどで効果を発揮する薬です。ある特定のタンパク質同士が結合すると、病気に関係する信号が細胞に入っていき、病気を引き起こすことがあります。けれども、その結合部分に低分子の化合物が割り込むことで、タンパク質同士が結合しなくなり、病気の信号が細胞に入っていかなくなります。宇宙実験で、質の高い結晶を得られたので、その結晶解析データから、もっと強くタンパク質間の相互作用を阻害する化合物をつくるための検討ができるようになりました。より低濃度で作用する化合物を設計し、それを薬にしていきたいと考えています。

JAXA:どのような効用の薬が期待できますか?

細田:一例ですが、がん治療の可能性があります。がん細胞は、血管をつくってそこから栄養を取り込み、増殖しようとしますが、血管新生をストップさせて“兵糧攻め”のようにし、がん細胞の増殖を抑える治療法があります。そうした薬の開発につながるデータが得られました。でも、それだけではありません。得られたデータやノウハウは、がん以外の治療薬を開発するときにも十分に利用できるものです。

小松:実際、がん治療薬だけでなく、関節リウマチの治療薬の探索にも活用させていただきました。

JAXA:創薬の過程の効率化や短縮化という点ではいかがですか?

細田:創薬プロセスの「入口」にあたる部分での効率が、大幅に向上したと思います。薬の実用化までには長いプロセスがあり、第1相、第2相、第3相という臨床試験を経た後に承認されて初めて販売に至ります。米国では臨床試験段階で平均7年かかるとされます。けれども、臨床試験よりも前にあたる、探索研究などの過程もあり、それにも平均6.5年もかかるのです。この6.5年の間には、5000個以上の候補化合物を5個程度にまで絞りこむ作業が必要とされます。宇宙実験の成果は、この絞り込みの大幅な効率化につながります。その結果、承認までの期間を短くすることや、患者さんの満足度の高い薬を提供することも期待されます。

JAXA:実現しえなかった薬を開発する可能性は?

細田:それもあります。PPI阻害薬をめぐっては、創薬の標的となるタンパク質は数十万もあるのに、作用が解明されているのは500程度しかありません。宇宙実験によって、病気に関係する新たなタンパク質と化合物が結合した状態での質の高い結晶を今後も得られれば、新しい薬の候補となる化合物を効率よく見いだすことができ、難病の患者さんたちにも治療を施せる可能性が大きくなっていきます。

05. 「諦めていた事業化を実現できる」


JAXA:「JAXAオープンラボ」で共同研究をしてみての感想をお聞きします。

小松:経験上、地上でタンパク質と化合物の結晶を得られたとしても、その後うまく行かなくなり、失敗するケースも時々あります。もしかすると、得られたデータが、その化合物が効果を発揮するときの実際の結合構造とどこか異なっていたのかもしれません。一方、宇宙環境では、結晶生成に適した条件の中で、より精密な結晶を得ることができます。宇宙だからこそ実現できた結晶をもとに、最適な化合物を今後も創りつづけていけたらと思っています。

細田:これまで新薬が続々と開発されてきた結果、いまは新薬が生まれにくい状況にあります。開発には多額の費用と膨大な時間がかかる一方、成功率は低くなり、元々ハイリスクだった創薬ビジネスはさらにハイリスクになっています。けれども、新たな治療薬を待っている患者さんがいらっしゃるのも事実です。そうした中、新薬につながる化合物を高いヒット率で見出し、その後の臨床候補化合物選定の過程も効率よく進めるには、標的タンパク質と化合物の結合構造に関するデータはやはり重要です。地球に重力があるかぎり、地上での精密な結晶構造取得に関する課題はこれからもずっと続くことでしょう。今回のオープンラボを通じて、宇宙実験の場を提供するJAXAの役割は大きいとあらためて思いました。創薬の世界では、結晶構造を得られないために成功に至らなかったプロジェクトも多くあります。ぜひ、実現できなかったことを実現するため、JAXAに相談されてみてはいかがでしょうか。

細田雅人ホソダマサト

1982年 エッセクス日本株式会社(現MSD株式会社)に入社
1989年 キリンビール株式会社へ。医薬事業本部(後の医薬カンパニー)で勤務。
2005年 インタープロテイン株式会社へ。2006年に代表取締役社長に就任。

小松弘嗣コマツヒロツグ

1982年 吉富製薬(現田辺三菱製薬)に入社。
2008年 (オキシジェニクス、GBS研究所を経て)インタープロテイン入社。
2009年 取締役、最高科学責任者兼事業開発本部長に就任。

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