2022.08.16

JAXA職員よ、外の世界へ飛び出せ!~越境プログラム~(後編)

前編はこちら:JAXA職員よ、外の世界へ飛び出せ!~越境プログラム~(前編)

JAXA「宇宙ビジネス共創・越境プログラム」で2021年度に3人の職員が政策投資銀行、化粧品メーカー、デザインコンサルティング企業に越境した記事の後編。デザインコンサルティング企業IDEOに越境したJAXA職員が取り組んだ「ジャーニーマップ」、3人が越境経験を今後にどういかしていきたいか等、深掘りしました。

 

―JAXA職員・長福さんがIDEOで取り組んだ「宇宙旅行の体験をデザインする」というプロジェクトでは、技術でなく人に焦点を当て、デザインしていくアプローチをとったそうですね。最初は何がでてくるか不透明だったとか?

長福紳太郎(以下、長福);IDEOのアプローチには型がない。基本的に探索型なんです。最初はリサーチから始まりました。アスリートやおもちゃのデザイナーさん、ディズニーで働いていた人、JAXAで貨物船HTVを開発したエンジニアにもインタビューしました。そして宇宙旅行者が時系列でどういう体験をするか「ジャーニーマップ」という形でまとめていきました。すると最初は不透明だったものが、見えてきたんです。

―どんなことですか?

長福:宇宙旅行者というと宇宙船とか、宇宙ホテルでの滞在経験にフォーカスしがちです。ところが宇宙旅行者の体験をゼロから考えると、最初は宇宙旅行について調べる、チケットを購入する、トレーニングをする。打ち上げ当日は発射までの数時間、狭い船内で待たないといけない。その感情をおいかけます。もし打ち上げが中止になったら宇宙船をおりないといけないからナーバスになるだろうとか、宇宙旅行者になりきってその人の感情に立つと見えてくるところ、デザインする機会がいっぱいあることが発見できました。

―たとえば?

長福:HTVのエンジニアに「宇宙旅行者の体験をよくするためにどういうデザインをしますか」と直球で聞いたんです。すると「椅子を豪華にするかな」という回答でした。一方、IDEOの議論では「椅子はない方がいい」という案が出てきた。なぜならば、狭い宇宙船の中で6~8人の宇宙旅行者がいて、見ず知らずの方たちとトイレを共有しないといけない。狭いほどその体験はストレスになる。椅子は(打ち上げと帰還時に)短い時間、座るだけだからない方がいい。全然違いますよね。

―つまり、安全面や機能面より「宇宙旅行者がどう感じるか」という視点に立つと宇宙船のデザインが全然違ってくると?

長福:見方を変えると違うものが見えてくる。宇宙旅行のチケットはすごく高額なので、購入時の体験が小さいと満足感が得られないことが予想される。一方、ディズニーランドで乗り物待ちをしているときの体験はすごくデザインされているので、宇宙旅行の参考にしたらいいのではないか。つまり、今までロケットや宇宙船という技術にフォーカスにしていたが、宇宙旅行者という人間中心にするとデザインの指針が変わることが見えてきました。

 

●技術が先?社会ニーズが先?

―そもそもJAXAの宇宙開発は「この技術を何にいかすのか」という視点から出発しているのでしょうか。社会課題に対して何ができるかという考え方でないのか疑問を感じました。

長福:そもそも、技術開発には長く時間がかかります。(社会ニーズに対して)この技術が必要と言ったときにすぐにそれが準備できるかといえばそうではない。だからたくさんの技術を準備しておく。100の技術があって、そのうちの一つの技術が将来はまるかもしれない。研究ってそういうところがあります。

島明日香(以下、島):アカデミックの世界でも、研究が何の役に立つのかと言われると困ってしまう。社会ニーズはどんどん変わっていく。資生堂さんは技術から市場のニーズをもちろんひろうけれど、自分たちで社会を作るという意識。JAXAエンジニアも技術を使って社会をどうにかしたいと思っている。ただ大学やJAXAが発表できる技術と、社会が求めているものは違うところがどうしてもありますよね。

長福:今回、IDEOで私がやったのは作り手に対してどういう観点でデザインすればいいのか、従来と違う見方を提示したこと。本当のデザインや開発は(その先にあって)、社会に出した時に価値につながるように収束させないといけない。ただIDEOで学んだことは、誰も気づいていない価値にアプローチしようとすることです。要はマーケットを自分たちで作る。彼らはたくさんのリサーチを重ねて、「こういう方がみんなよくない?」と共感を呼ぶようなストーリーに仕立て上げる。それを見せられると、「僕が欲しいのはこれかもしれない」という気になる。そのストーリーテリングがJAXAに必要な能力だというのが一つの学びです。市場がこうだから必要な技術は何か、でなく「こういう考え方でこういう姿を目指します」と。今まで実現していないビジョンや姿を、国民や一般の人が共感できるストーリーにする。それがないから、僕らは硬直感があって動けないのじゃないかと思います。

新事業促進部 小谷勲:少し補足すると、JAXAは技術開発からスタートした長い歴史があり、世界をリードする技術開発を行うことに存在意義がありました。ところが最近、宇宙活動が多様化して社会課題の解決や経済活動、安全保障など我々に求められることが多くなってきたんです。政策が多様化し、一つ一つのプロジェクトや技術開発が何に繋がるのが問われている。民間企業は顧客に対して適切なものを出していかないといけないという明確な目標があるが、我々にそういう経験は不足している。JAXAは変わらなくてはならない転換期にある。だからこそ、越境プログラムを経験した人が増えることで、JAXAの立ち位置、役割を再認識したうえで、我々の組織文化も変えていけたらと思っています。

●越境経験後の活かし方がとても大事

―この越境経験を今後にどう生かしていきたいと思われますか?

岡本太陽(以下、岡本):業務に反映していくのはもちろん、越境プログラムは他の人も是非続いて欲しい。自分と違う業種や価値観を持った人たちとコミュニケーションすることによって、自分を高め、次のアクションに繋がる何かを得る。そのあたりを刺激していきたい。答が見えているものを更によくするには効率化が求められるが、新しいことをやるときは効率的にはできない。余白が大事で、越境プログラムは余白を強制的に作るいい機会です。
JAXAは社会実装に対してまだすごく課題をもっている。研究開発機関だからマーケットの知識も十分になく、技術オリエンテッドになっている状況はまだ脱皮できていない。事務系職員もJAXAの事業や技術を世の中に伝えないといけないが、十分なスキルがなくてなかなか難しい。そんな課題を感じていたら、DBJ(日本政策投資銀行)の方も個別の投融資案件の成立に力を入れる余りに視野が狭まってしまうところがあり、日本の将来社会像を描き、実現していくという視点が必要という課題を感じておられた。そこで、技術や社会実装の仕組み、またビジネスのアーキテクチャなどを共に学び、改善や提案をしていくための勉強会を一緒にやろうと職員に入ってもらい議論する環境づくりをやろうとしています。

―面白そうですね!島さんは今後についてどうお考えですか?

島:実は今、企業さんとの協業が見えていて、私はそのメンバーに入っています。経産省・NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)のプロジェクトで東京ガスさんと一緒に二酸化炭素からのメタン生成に関する研究開発を共にします。私たちの研究ではメタン生成の過程でできる水が目的なのですが、東京ガスさんはメタンを売ることが目的と思ったとき、研究の方向性が変わっていくなと。越境プログラムに参加しなかったら、そこまで課題意識をもたなかったと思います。10年後にどういう形で、社会の中で技術を実装させるか、今回の学びを活かしていきたいです。
一方で私が資生堂さんに行ったことで、先方には宇宙をより近く思ってもらったように感じました。新事業促進部の活動に今後も積極的に関わって頂けるということで貢献したかなと感じます。

―ありがとうございます。さっそく越境経験が生かされますね。長福さんは?

長福:3つあります。一つは今回、IDEOさんと一か月で作った成果である宇宙旅行の「ジャーニーマップ」やデザイン指針をウェブの形で公開したい。JAXAの中にもインパクトを与えたいし、宇宙開発業界の裾野を広げ、ショックを与える機会になればいいなと。
次は「Ocha!」というクリエイティブマインドを醸成するようなサービス。IDEOでやっていた文化ですが一週間に1回、ランダムに一対一でマッチングしてドーナツを食べに行く。実際はコロナ禍のためオンラインミーティングですが、主な目的は雑談する中でインスピレーションを得ること。IDEOで学んだのは彼らがポジティブであること。否定しない。ものごとは不透明で当然で、その先に新しい価値や発見がある。わからないことを楽しむ。そんな文化をJAXAにもインストールできればと思って。JAXAでもやってみたら最初は数人しか参加してくれなかった(笑)。でも今は50人を超えました。ふだん話さない人と会話すれば気づきがあるし、仕事がやりやすくなるだろうと思います。
もう一つは新しいミッションを生み出すスキルや方法論を作りたい。デザイン思考やIDEOから習ったアプローチを参考にして、JAXAの型を作りたい。今までのJAXAルールだと担当者が新しいミッションを生み出すことになっているが、ツールや支援チームが必要だよねと。有志で活動を始めています。

―じゃあ、そのうちJAXAからストーリーが生まれてきますか?

長福:強烈な(笑)。でも、ある程度トレーニングが必要です。そもそもデザインはアートと異なり、物事の本質に迫り形にしていくこと。IDEOでもOJTでトレーニングを受けてできるようになったと聞きました。JAXAでもそれができたら。

●JAXAの役割を再認識、「人類のため」と言っていい


―逆に、JAXAは民間企業と同じである必要はないという考え方もあります。JAXAの役割を再認識したことはありましたか?

島:「人類のため」という意識について、逆に資生堂の方は非常に新しいと仰っていた。企業さんがお持ちの「顧客」という観点ではない、もっと広い視点で対象を捉えるのは新鮮なようです。民間企業の最終目的が経済活動でもあるのに対して、我々は「人類のため」と胸を張って言っていい組織なんだと。

岡本:DBJは民間企業というよりはJAXAに近い。彼ら自体が社会や産業を作ることはできないが、お金という血液を流すことで、新しい産業を作るための触媒とか結節点になることが事業理念。JAXAも同じようなところがある。技術という血液を流すことによって社会や産業の素地を作る。JAXAが触媒になることでみんなが一緒に何かやっていこうという機運ができるのではないか。

●人事部と新事業促進部が連携し、越境経験を多くの職員に


―新事業促進部で越境プログラムを担当なさっている指田さん、3人のお話を聞いて今後どうつなげていきたいとお考えですか?

指田さやか:元々越境プログラムの目的は、JAXA業務で得られないビジネスセンスを身に付けること、JAXAと企業の異文化を共有して企業が宇宙ビジネスに入るための促進の一助になればということでしたが、想定以上の広がりと成果を見せてくれました。羨ましさを感じるほどです。この経験を共創活動に繋げたり、後輩にマインドを広げてJAXAの活動に深みを与えたりしてもらえれば。同じような経験を若手から中堅まで幅広い世代に体験してほしいと思います。

[レポート:ライター 林公代]

関連リンク:JAXA職員よ、外の世界へ飛び出せ!~越境プログラム~(前編)