2022.08.5

JAXA職員よ、外の世界へ飛び出せ!~越境プログラム~(前編)

JAXA職員が民間企業に短期留学!? そんなユニークなプログラムが2019年度から始まっている。正式名称は、新事業促進部と人事部で主導する「宇宙ビジネス共創・越境プログラム」(原則、週1回・半年間)。官民一体で宇宙産業の市場規模を倍増させようという時代。「全てを JAXA 内で完結するのではなく、外部と連携して事業を実現するために必要な、提案力の強化に取り組む」「民間事業者等との相互の人材交流等、人材流動性を高める取り組みを推進」とJAXA人材育成実施方針(https://www.jaxa.jp/about/h-resource/index_j.html)に明記されている。この方針を実践すべく、2021年には3人の職員が政策投資銀行、化粧品メーカー、デザインコンサルティング企業に越境。彼らはどんな体験をし、気づきを得たのか。2回にわけて紹介します。

 

●動機は、新しいことをやってみたかった、異なる価値観に出会いたい。

越境プログラム参加は職員の応募から始まる。なぜ彼らは外に出たいと思ったのだろう。まずは日本政策投資銀行(DBJ)に越境した岡本さんに動機を聞いた。

岡本太陽(以下、岡本):僕は入構17~18年目の職員です。JAXA内の常識は身に付けているけれど、新しいアプローチや全く違う視点での発想に飢えていました。

岡本太陽:第一宇宙技術部門(衛星の研究開発)で他社・他機関との協力を行うための協定や契約に関する法務的な取りまとめ業務を担当。DBJには2021年10月から2022年3月まで週1回越境

―なぜDBJを希望されたんですか?
岡本:以前、航空技術部門で働いていた時、業務担当としてDBJとの連携推進に取り組んでいました。その時、技術と金融をかけ合わせたら面白いことになると思ったんです。でも当時はDBJとJAXAの連携について具体的な玉を生み出すのが難しくて、しっかりできなかった。もっと金融の世界のことを知っていれば、玉を作れたんじゃないかという思いがありました。

―玉を作るとは?
岡本:JAXAが民間企業と共同研究をやっている技術テーマに対して、DBJに投資または融資をしてもらう段階までもっていきたかった。でもお互いが考えている常識や活動を熟知できていなかったところもあって、その段階に至りませんでした。

―なるほど。では資生堂に越境された島さん、お願いします
島明日香(以下、島):私は2009年入構して以来、ずっと基礎研究に従事しています。研究内容は変わるものの大きなテーマは変わらず、ひたすら自分の専門性と研究の成果を追ってきました。今後、私や私のチームが出した研究成果を社会実装も含め実用化を考えた時、多分JAXAだけではできなくて、企業との連携や共創が重要になってくる。でも私はそもそも企業が研究開発に対してどのような姿勢で取り組んでいるのかを知りません。企業の理念や考え方を、ちゃんと知ってみたい。ざっくばらんに言うと、新しいことをやってみたくなったんです。研究内容は少しずつ変わっても約13年間、メンバーは固定。やりやすいけど、ちょっとあかんかなと(笑)

島明日香:有人宇宙探査時の閉鎖環境での環境制御技術(二酸化炭素から酸素を取り出す技術など)の研究開発を担当。資生堂には2021年10月から2022年3月まで週1回越境

―なぜ資生堂に?
島:いくつかの候補企業を提示して頂いた中で、資生堂さんなら企業理念や共創協業について学べるかなと言う点、私が化学出身なので分野が近い点からお願いしました。

―ありがとうございます。ではデザインコンサルティング会社、IDEOに越境された長福さんどうぞ。
長福紳太郎(以下、長福);自分にも組織にもゼロから一を生み出す力が足りていないんじゃないかという課題意識がありました。2010年入社以来、ロケットを担当しています。ロケットは失敗してはいけない世界。入社後繰り返し言われたのは「うまくいっている間は変えるな。常に変わったところを疑え」。変化させることに対する拒否感です。最初は「なるほど、だからロケット打ち上げはうまくいくんだ」と思っていた。でも最近は違うなと思っていて。

―なぜ最近になって?
長福:きっかけはスペースXのように従来と全然違うコンセプトのロケットが出てきたこと。もしかしたら僕らはちょっと間違っているんじゃないか。新しい価値観ややり方を探したいと思ったんです。

長福紳太郎。入社後、種子島で3年間ロケット打ち上げ運用、その後筑波でロケット開発に従事。新型ロケットH3開発にも立ち上げから関わる。IDEOには2021年9月頭から5週間連続で越境。

―確かにスペースXは今までのロケット界の常識を壊してますからね。なぜIDEOに?
長福:2017年頃、(岡本)太陽さんら航空技術部門がIDEOと組んだ事業開発プロジェクト「Future BlueSky」で「デザイン思考」というアプローチを知ってワークショップにも参加させてもらったんです。

―デザイン思考とは?
長福:技術ありきでなく、商品やサービスを使う人間の視点に立ってアイデアを生み出す思考法です。自分でも社内の予算をもらってデザイン思考のアプローチを使って宇宙輸送で何かできないか検討していました。それをもっと加速したいと思っていた時に、越境プログラムの募集がかかって「これだ!」と。てデザイン思考の総本山的なIDEOにいかせてもらいました。週一回だとあまり仕事ができず、文化にもどっぷり浸かれないと思い、5週間毎日という短期集中型で越境させてもらいました。

● 政策投資銀行担当者の「情熱の大きさ」に我が身を振り返る

―では実際に越境プログラムの内容と気づきを教えて下さい
岡本:目的は、金融機関が投資や融資をする際に、どういった社内プロセスや考え方、方針で行っているのかを学びたい。これが一番の力点です。
僕が入ったのはDBJのイノベーション推進室という部署で10人程度のチームでした。例えば、電力の変換・制御を行う次世代のパワー半導体を作るスタートアップ、AIを活用した画像解析により患者の常時モニタリングなどを行うシステムを開発するスタートアップなど、様々な分野から将来有望な事業会社に投資を検討・実行する部署です。同僚の人たちがそれぞれ投資融資の検討・実行案件をもっていました。実施した投融資のフォローアップ、あるいは投融資の実行を目指して、投資先とコミュニケーションをとっていく。そのミーティングなどに同席させてもらいました。

―どんな発見や学びがありましたか?
岡本:彼らが何をどこまで詰めて社内の稟議にかけて(投資のGOを)通すのか、ものすごくよくわかりました。なんとなく有望な技術があるだけではまったくだめで、それを使って目先の収益性はもちろん、社会が将来どういう風に変革されるのかも含め、事業プランにしっかり落とし込んでないと投融資の説明がつかない。JAXAで今後、共創のための活動をどんどんやっていくと思いますが、その視点をもっとシビアにもってないといけないということが、肌感を持って学べた機会でした。

―DBJに行って初めて気づいたことはありますか?
岡本:DBJは政府系の金融機関で大きな組織だから、投融資の判断を機械的にシステマティックにやっているんだろうと思っていました。ところが、投融資を実行するかしないかは本当に担当者の情熱が大きいというところがすごい気づきでした。

―担当とはDBJのですか?
岡本:はい。DBJの担当者が「これは将来有望な技術、お金をつけてあげたい」と思って、投資先と一緒になって事業プランを改善していく。それをDBJ社内の稟議にのせる。彼らは「日本の産業のここを強くしたい」とか「この企業は将来的に世界に伍して戦えるから今の段階から支援したい」と個人の情熱で仕事をしているところがある。果たしてJAXAにいる自分って、そこまで個人の情熱を燃やして何かやれているかと思ったら、胸を張って言えないと改めて思ったんです。

●スピーディに研究サイクルを回して新しい価値を創出

―島さん、資生堂での活動内容と気づきを教えて下さい
島:私は資生堂がスタートアップとの共創などから新しいイノベーションを回していこうというプログラム「fibona(ふぃぼな)」の事務局に参加させて頂きました。fibonaでは研究者と消費者が研究シーズについて対話したり外部と連携しながら、新しいモノづくりをやっています。私はベータ版の商品を作るディスカッションや、海外や国内のスタートアップの共同研究を立ち上げるためのディスカッションなどに参加させてもらいました。私の研究内容にも興味をもって頂き、地上におけるサステナビリティに対する提言についてお話させてもらいました。

―fibonaとは初めて知りましたが面白そうですね。
島:資生堂さんは大企業で、商品を作るために基礎研究から応用研究、開発と時間がかかるところに問題意識を抱えていました。彼らは例えば何十代の女性でこういうアクティビティをもってなど、具体的な相手を対象としています。しかし今は対象の方のニーズが変わりやすくなっている。つまり、従前の製品開発にリズムが合わなくなっているんです。そこで小さなマーケットでいいから、自分たちの研究シーズを早めに市場に投入し、クイックに商品やサービスを提供し、新しい市場を開拓していこうという理念がある。女性全員に受けなくてもいいから、新しい技術を入れてマーケットの反応をみて、うまくいけば事業として転換していきたいと。

―島さんにとっての気づきは?
島:fibonaでは化粧品でなくても食品はどうかなど分野を変えながら、研究者自身が消費者と話しながら価値を創出している。その取り組み自体が非常に新しい。
私たちも外部の研究資金を取りに行くことはできます。でも成果が出て、スタートアップと共創したらいいかもと思っても、そのスタートアップを自分で探しにいかないといけない。
fibonaでは研究成果の発表の場で「これは商品になりそうだ」となると事務局が外部との連携を探しにいってくれる。研究シーズから商品を作るまで半年から1年ぐらい。研究者としては非常に羨ましい活動だと思いました。スピーディに研究サイクルを回して新しい価値を生み出すところに情熱を注いでいたことが、かなり大きな気づきです。

「fibonaでは海外との技術的なやり取りにハードルが非常に低いのも目から鱗だった」(島さん)例えば共創相手として韓国企業のスタートアップのピッチコンテストを開催。韓国貿易協会(KITA)が保有するオープンイノベーションプラットフォーム「Innobranch」がコンテストの取りまとめを担った。

―今後、企業と共創するうえで視点が変わりましたか?
島:fibonaは資生堂の中では小さな活動ですが、小ロットでいいからいいものを作るというときその数が一万だと。事業になれば桁が一つ二つ変わると聞きました。JAXA(で作る人工衛星など)は一機とか、私なんかまだゼロ(笑)。市場を見る企業と我々の価値観とか拠って立つところが違う。一緒に共創して社会実装を目指そうとなったときに、物の見方を変えていかないといけない。企業さんは共同研究をするが、最終的には売りたいんだということを念頭において話をしていく必要があるなとつくづく思いました。

●宇宙旅行体験を技術ベースでなく旅行者の視点でデザインする

―では長福さん、IDEOでの仕事の内容と気づきを教えてください
長福:僕はJAXAにない何かを学べないかと思って、「宇宙旅行の体験をデザインする」というプロジェクトを行いました。彼らがクライアント相手に行っているコンサル事業には外部の人は入れない。そこで僕のために1ヶ月のプロジェクトを作ってくれたんです。具体的には、宇宙にパッションをもつIDEOの森智也さんと、宇宙とデザインの交点を模索するチャレンジを行いました。彼らの得意技は、「ヒューマンセンタードデザイン」。人間中心の物事をとらえてデザインしていくというアプローチです。方や宇宙事業は誰のために、というと結構難しい。比較的人が見えやすいのは宇宙旅行だろうと。ちょうど、2021年は宇宙旅行元年だと言われましたから。

―宇宙旅行のデザインは今までのJAXAのアプローチと何が違うんですか?
長福:今までの宇宙開発は人に焦点を当てるより技術ベース。見方を変えれば何か気づきが得られるのではないかという目的です。始めた時点では何が出てくるのか完全に不透明でした(笑) (続きは後編)

[レポート:ライター 林公代]