2020.05.22

大学発宇宙ベンチャーで投資家やユーザーと向き合い、支援策を考える。【JAXA他社留学2019 Report Vol.3】

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JAXAでは、第4期中長期計画(2018~2024年度)において打ち出した人材育成実施方針にもとづき、職員を一定期間(週1回・半年間)、他社に「留学」させる制度を試行導入しました。実際に、「他社留学2019」を経験した職員がどんな気付き、学びを得たのか、そして留学を受け入れた企業にはどんなシナジー効果が生まれたかを紹介します。
※JAXA第4期人材育成実施方針 https://www.jaxa.jp/about/h-resource/index_j.html

留学した人 JAXA調達部研究・事業調達室主任 佐藤健一
早稲田大学卒業後、旧宇宙開発事業団に入社以来、主に経理・調達部門に従事。まず、東京事務所にて財務部経理課に所属した後、種子島に赴任。鹿児島宇宙センター管理課にて、宿舎管理・労務管理・地元対応に係る業務を担う。また、ロケットの打上げ時には、打上げ管制隊として、実況放送を担当。2年間、種子島生活を送った後、つくばに戻り、財務部筑波財務課にて、経理業務に従事。その後、調達部筑波契約課にて、研究開発部門における主に宇宙用部品に係る調達業務に従事。その後、調布に赴任し、2015年7月より現職に所属。航空技術部門における調達業務に従事し、航空機の研究開発に必要な部材や作業請負の調達を担っている。
留学先 株式会社ポーラスター・スペース
他社留学期間 週1回/約6カ月(2019年7月~2020年1月)
迎え入れた人 (株)ポーラスター・スペース COO 髙橋幸弘さん
(株)ポーラスター・スペース 事業推進室 マネージャー 長原里美さん

佐藤さんが留学したのは2017年に設立された株式会社ポーラスター・スペース。北海道大学、東北大学と連携しており、超小型衛星から得られるスペクトル情報は世界でもトップクラス。その観測データと地上機器(ドローン、スマホ一体型分光器)から得られるデータを掛け合わせ、宇宙規模のIoT事業を展開しています。特に、植物の生育状況の調査や病気の早期発見など、農業分野における課題解決が注目されています。
佐藤さんは事業推進室の一員となり、もともとの専門領域である会計をはじめ、幅広い業務に携わりました。

 

━━ 北海道大学の教授でありポーラスター・スペースCOOを務める髙橋さん、事業推進室マネージャーの長原さんにお伺いします。今回、なぜJAXAからの留学生の受け入れを決めたのでしょうか。

髙橋さん(以下、髙橋) 当社の設立以前から、JAXAさんと北海道大学、東北大学で人工衛星を5つ打ち上げてきました。もともと築いていた協力関係をさらに強化したいと考えました。そのためにも情報共有は重要。JAXAさんが今後どのような方向に向かっていくのか、我々の事業とどうリンクしていくかをつかみたかったのです。

長原さん(以下、長原) 民間企業とJAXAのノウハウとを突き合せた時に、別の角度からの視点があるのかもしれない……と。新しい知見を取り入れられることに期待しました。

 

━━ 佐藤さん、ポーラスター・スペースに入った当初、カルチャーショックはありましたか?

佐藤さん(以下、佐藤) スピードの速さです。顧客からの問い合わせや相談に対し、対策を考え、決断していくスピードが非常に速い。組織が小さいので伝達がスムーズということもありますが、課題をその日のうちに解決してしまうこともある。あと、JAXAには細かいルールがたくさんありますが、ポーラスター・スペースにはルールが全くない。都度、相談しながら決めていくというところにカルチャーギャップを感じました。

 

━━ 佐藤さんは留学期間中、どんなお仕事をされたのでしょう?

長原 投資家とのミーティング同席や、現在進行中の省庁のプロジェクトの会計監査に向けてお手伝いいただきました。その他には、展示会などでの商品説明、圃場での計測、出荷前製品の初期設定や機能チェックなど、幅広い業務に携わり、いずれの業務でもきめ細やかに対応してくださいました。お茶くみまで、進んでしてくださったんです。

佐藤 「何でもやります」というスタンスで入らせていただきました。資金調達のやりとりの現場を見せていただくというお願いを聞いていただく代わりに、どんな仕事も、雑用だってやります、と(笑)。
実際、いろいろな仕事ができて面白かったです。『CEATEC(シーテック=IT技術・エレクトロニクスの国際展示会)』や、北海道で開催された『スマート農業マッチングイベント』のブースに立って来場者に製品の機能を説明するなんて、JAXAでは絶対にできない経験ですよね。JAXAの人工衛星データはカーナビや天気予報といったサービスに利用されていますが、お客様までの距離は遠い。これらのイベントでは、お客様から直接「こんなことで困っているんだが、これで解決できるだろうか?」と聞かれ、こちらから提案したことへのリアクションをダイレクトに見ることができました。「これはいいね」とか「こいう機能もあればうれしいんだが」とか。そうしたやりとりができたのは面白い経験でした。

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2019年12月、札幌コンベンションセンターにて開催された
「スマート農業マッチングイベント&農研機構マッチングフォーラムin北海道」の
ブースに立ち、来場者に対応した佐藤さん(中央)

 

━━ ポーラスター・スペースでの経験を通じて、どんなことを学べましたか?

佐藤 民間企業のコスト感覚を学べたと思います。ただ資金を調達すればいいというわけではなく、それに伴うリスクやコストなども踏まえて、受け取るかどうかを判断する。これはJAXAにはない感覚であり、大事なことだと思いました。
あと、拠点が複数あるので、TV会議の頻度が多い。JAXAでもTV会議は行うけれど、会議室で大きなモニターを使っています。ポーラスター・スペースでは自分のノートPCを活用しているので、連絡を取りやすく、より密なコミュニケーションが可能。こうしたツールの工夫は重要だと感じました。

 

━━ ポーラスター・スペースとしては、佐藤さんとの協業でどんな成果がありましたか?

長原 当社はスタートアップ企業育成支援プログラム「J-Startup」企業に選出されています。現在取り組んでいる、経済産業省中小企業庁が実施する戦略的基盤技術高度化支援事業(サポイン事業)においては分厚いマニュアルがありますが、省庁の言葉の捉え方に戸惑うことがあります。その際、JAXAでの仕事で普段見慣れている佐藤さんがわかりやすく説明してくださり、アドバイスいただけたのは助かりました。このあたりが、「JAXA」から「民間企業」への受け入れに期待していた成果があった点ではないかと思います。

髙橋 私は以前からJAXAさんの方向性が変わり始めているのを感じていました。以前は「国の威信をかけて」取り組んでいたのが、より「ビジネス」に移行してきているな、と。宇宙開発は大きな転換期にあると思います。JAXAさんの考えを外部から推察するだけでなく、当事者の方から直接お話を聴けてよかったと思います。今後もパートナーとしてよりよい形で協力していきたいと思っていますから。

 

━━ 佐藤さん、ポーラスター・スペースで学んだことを、JAXAに戻ってからどう活かしたいと考えていますか?

佐藤 JAXAでも、「JAXAベンチャー」という取り組みが始まっているんです。JAXAの職員が出資・設立する、JAXAの知的財産やJAXAで得た知見を利用した事業を行うベンチャー企業です。現在7社ほどが稼働しています。今回、ベンチャー企業ならではの特性や動き方を知ることができたので、将来は、そういった業務にも携われたらいいな、と思っています。宇宙事業のすそ野の拡大につながるので、力になれればうれしいです。いずれは、ベンチャー企業に出資して支援するといった取り組みにも携わってみたいですね。

 

━━ 他社留学を経験し、ご自身が変わったと思う点を教えてください。

佐藤 先ほどお話ししたとおり、展示会でお客様とのやりとりを経験したことで、「自分がやっている仕事のエンドユーザーはどういう人たちなのか」を意識できるようになったと思います。この研究の結果、何ができるようになるか。それによってどんな人たちが喜ぶのか。そのイメージを描けるようになったし、それがモチベーションにもなっています。
今回、短い期間でしたが、普段の業務から少し離れて、民間企業の宇宙事業に触れる機会に恵まれ、「まだまだ知らないことがある。宇宙っておもしろい!」という実感が強くなりました。フロンティア精神を大切にしていきたいし、新たに参入してチャレンジする人々の支えになりたいと思います。

 

※JAXAでは、2019年度に提案力の強化に係る人材育成の一環として、エッセンス株式会社が提供する「他社留学」を試行導入しました。本ページは、エッセンス株式会社による取材内容(2020年1月)をもとに紹介しています。
エッセンス株式会社  https://www.essence.ne.jp/service/ryugaku