蓄積したノウハウを生かし br>新たな事業分野を開拓
住友精密工業は、航空分野で長い歴史を誇る会社だ。ルーツは、1897年に設立された住友財閥の別子銅山の銅加工会社、住友伸銅場にある。同社は、次第に合金材料全般の製造加工に進出し、1935年には住友金属工業となり、1936年には超々ジュラルミンと呼ばれる高強度アルミ合金を開発。超々ジュラルミンはゼロ戦の主翼桁材に使われた。開発にあたっては、ロンドン郊外に墜落したドイツのツェッペリン飛行船の破片を入手して分析したというエピソードが残っている。
戦前から戦中にかけては、軍用機のプロペラが主力製品で、戦後は1952年の航空解禁に合わせて、航空機の離着陸用脚システムの製造に参入した。ジェット機時代になりプロペラだけでは先がないと考え、プロペラの製造技術が生かせる航空機用部品として脚システムを選んだという。
1961年には、住友金属工業から分社して現在の業態となった。同社は航空機用プロペラから航空機の脚、プラント用熱交換器と宇宙用熱交換器、オゾン発生装置など、新分野への進出を続けながら社業を発展させてきた。その背景には、合金加工と工程管理技術という地道な積み上げによって獲得したノウハウが存在する。ある分野の技術を極め、得られたノウハウが適用可能な新分野に進出。さらなるノウハウを取得し、また新たな分野に進出するという循環が、同社のビジネスを支えている。
1990年代に入ってから進出した新分野もまた同様だ。プラント技術やオゾン発生装置で培ったノウハウを生かし、半導体加工装置を開発。その半導体加工と高度の工程管理技術に英ブリティッシュ・エアロスペース社との提携により得たジャイロの技術を組み合わせることで、MEMS(微小電気機械システム)ジャイロという将来性が見込める市場に参入した。現在は宇宙用MEMSジャイロの開発を通じて高精度化を進めており、それが達成できれば民生用の需要を喚起することも可能になるだろう。
住友精密工業株式会社
本社所在地 | 兵庫県尼崎市 |
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設立年 | 1961年 |
主な生産拠点 | 本社・工場(兵庫県尼崎市) 滋賀工場(滋賀県草津市) 和歌山工場(和歌山市) |
主な製品 | 航空機用降着系統システム・プロペラ、航空宇宙用熱交換器、熱制御機器、油圧機器・制御システム、オゾン発生装置、半導体/MEMS製造装置、センサなど |
これまで手がけた主な宇宙機器 | 固体燃料ロケット「S-520」「M-3S]「M-V」の姿勢制御用電磁弁 ISS(国際宇宙ステーション)の「きぼう」日本実験棟の与圧部・暴露部・各種実験装置のコールドプレート、実験装置用温度調節器、実験装置用水‐空気熱交換器、キャビン熱交換器 液体燃料ロケット「H-II」の熱交換器、「H-IIA/B」の第1段エンジンの熱交換器 軌道再突入実験機「OREX」の蓄熱機・スラスター IML-2(第2次国際微小重力実験室」の電気泳動装置の熱交換器・水冷ダクト、水棲生物飼育装置の温度調整装置 宇宙実験・観測フリーフライヤ「SFU」の気相成長実験装置用コールドプレートなど |
企業HP | http://www.spp.co.jp/ |
INTERVIEW
インタビュー
宇宙で使える
超小型ジャイロの
開発に挑戦しています
住友精密工業株式会社
常務取締役 八木良蔵氏
もともとは航空機のプロペラ製造が主力だったそうですね。
住友精密工業という社名になったのは1961年ですが、1897年に設立された住友伸銅場という会社が当社のルーツです。この会社が1925年からプロペラ素材を製造していました。戦後もプロペラの製造・修理は継続していましたが、ジェット機の時代を迎えたため、プロペラの製造技術が生かして航空機の離着陸用の脚の製造に参入しました。今では航空機の脚は当社の主力事業の一つです。
宇宙分野にはいつ頃から参入したのですか?
1980年代からです。1988年には航空宇宙開発室という部署を設立し、積極的に参入を図りました。固体燃料ロケットの推進系の電磁弁から始まり、その後「H-II」ロケット(1994年打ち上げ)に装着する熱交換器を受注し、「H-IIA/B」ロケットの第1段エンジン「LE-7A」用の熱交換器も受注しました。液体酸素を加熱気化させ、液体酸素タンクを加圧するためのガスを生成する装置です。現在も製造を続けています。
熱交換器の技術はLE-7向けに開発したものですか?
いいえ。航空機用から低温工業用の熱交換器、ならびに液化天然ガスプラントで天然ガスを気化するのに使う熱交換器の製造をすでに行っており、その技術の延長で宇宙用エンジンの熱交換器を開発しました。
熱交換器は多段ろう付けといって、ろう付け部位が何重にも重なった構造をしています。製造した後からきちんとろう付けされているかどうかを直接確認することができません。X線で透視しようとしても幾重にもろう付け部位が重なっているので、不良と思われる映像が得られても、どこが不良部位かを特定できないのです。そこで製造時のろう付けプロセスを厳密に管理することで品質管理を行います。
この工程管理のノウハウが航空機の脚と共通なのです。航空機の脚システムは、丈夫でしかも軽いことが要求されます。一例ですが、東京スカイツリーに使われている鋼材は、引っ張り強度が1GPaです。一方、航空機の脚システムに使う高張力鋼は2GPaもの強度があります。
高強度の鋼は溶接が難しく高度の加工技術で一体部品に製造します。また、「割れ感受性が高い」と形容するのですが、製造時に必要以上の内部応力が残っていると割れやすくなります。目に見えない内部応力を残さないようにしつつ軽量で丈夫な脚を製造するためには、高度の工程管理のノウハウが必要です。それが、熱交換器の製造にも応用可能というわけです。
民生用途の技術を生かして、宇宙分野に進出したわけですね。
当社の場合、民生用の技術と、航空・防衛用途の技術とが相互に刺激し合って新たな分野を開拓してきました。例えば航空機用のプロペラ製造の技術は、現在船舶用のスクリューの設計・製造技術に展開しています。これまでターボプロップ機用のプロペラの製造が続いてきましたが、高燃費のターボファンエンジンが普及したことで、今後はプロペラの需要は確実に落ちていくでしょう。そこで技術を船舶用スクリューの製造に生かすことでこの技術を温存し、将来的に航空機で実用化されると目される"新世代のプロペラ"であるオープンローター型エンジンの需要が立ち上がるのを待とうと考えています。
宇宙用と航空用でなにか違いはあるのでしょうか?
宇宙用は基本的に一度しか使用しません。いっぽう航空用は航空機の寿命が来るまで繰り返し使用します。航空機の脚の場合は例えば10年間に5万回の着陸に耐えることが要求されます。ですから極端に言えば5万1回目には壊れてもいいというようなぎりぎりかつ絶対確実な設計と製造を行う必要があります。宇宙用では、本番1回を確実にこなすという設計になります。
最近は新しいタイプのジャイロも生産しているそうですね。
当社は1992年に英ブリティッシュ・エアロスペース社と協力して、航空機などの飛行体の航行制御に使うジャイロの開発を始めました。その一方で1995年には半導体製造装置にも進出したのです。
そこで、この2つの技術を融合させ、半導体製造プロセスを使って製造する超小型のMEMS(微小電気機械システム)ジャイロに進出しました。5mmから15mm角程度の超小型のジャイロです。1998年から自動車の横滑り防止用のセンサとして生産を開始しました。ちなみに、米セグウェイ社の2輪の乗り物「セグウェイ」には、我が社のMEMSジャイロが1台につき5個使用されています。このMEMSジャイロは航空・防衛用の高精度用途から、スマートフォンのような民生用まで幅広い用途へと普及しています。今年からはJAXAのオープンラボ制度を使って、宇宙で使えるMEMSジャイロの研究も始めています。