徹底した清浄度管理と公差ゼロへの努力
人工衛星に搭載される機器にとって、もっとも大切なのは信頼性の高さ。故障したからといって直しに行くことができないからだ。
その宇宙品質のリアクションホイールのキーパーツとなるベアリングの組み立てをしているクリーンルームを見学してきた。
三菱プレシジョンでは、ベアリングの信頼性を高めるために、メーカーから購入したものを分解して洗浄した後、様々な特性を確認しながら組み立てていく。
ベアリングを10年20年と長期間の信頼性を担保するのは、ひとつはコンタミと呼ばれるゴミの除去。使用されているベアリングボールで最も小さいものは直径約1mmで、ミクロンレベルのわずかなゴミの付着が性能を左右する。
もう一つは潤滑油の量。潤滑油が多過ぎるとベアリングの回転抵抗が大きくなってしまい、少なすぎると摩擦で劣化が進むからだ。
そのため、管理された環境でゴミがないこと、正確にオイルを塗布することが大切なのだ。
三菱プレシジョン株式会社
本社所在地 | 東京都江東区 |
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設立年 | 1962年 |
主な製造拠点 | 鎌倉事業所 |
主な製品 | 電子精密機器(ジャイロ応用機器・電波応用機器)、宇宙機器(衛星用姿勢基準装置・姿勢制御装置・ロケット誘導装置など)、シミュレーションシステム(シミュレータ、画像システムなど)、交通管制(パーキングシステムなど) |
これまで手掛けた主な宇宙機器 | 陸域観測衛星「だいち」、水循環変動観測衛星「GCOM-W」など145台(2013年1月現在)のデータ制御・駆動制御・電力制御装置、国際宇宙ステーション 日本実験棟「きぼう」のデータ制御・駆動制御・電力制御装置、宇宙ステーション補給機「こうのとり」の駆動制御・電力制御装置など多数 |
企業HP | https://www.mpcnet.co.jp/ |
INTERVIEW
インタビュー
宇宙開発に関わって50年以上の歴史を誇る、日本の先駆的宇宙機器企業。人工衛星の姿勢制御をつかさどる純国産のリアクションホイールを開発!!
三菱プレシジョン株式会社
取締役 鎌倉事業所長 安井 訓氏
三菱プレシジョンの宇宙開発に関わる歴史は長い。日本初の人工衛星「おおすみ」を打ち上げたロケットに搭載された姿勢制御装置を始め、人工衛星、宇宙ステーション、ロケットなどに数多く同社の宇宙機器が搭載されている。現在、純国産の大型リアクションホイールを作ることのできる唯一の会社だ。同社のこれまでの歩みと、信頼性の高い宇宙機器開発の苦労などについて伺った。
JAXA:御社の沿革について、教えてください。
三菱プレシジョンは、戦闘機のフライトシミュレータとジャイロを使用した姿勢基準装置の設計・製造会社として1962年に発足しました。現在は航空機だけではなく、鉄道、自動車、二輪車、船舶などの訓練や教育に使用するシミュレーション装置を幅広く扱っています。
JAXA:私たちに身近な製品というと?
身近なところですと、各地の自動車教習所に当社のドライビングシミュレータが導入されています。実際には体験することが難しい事故などの危険体験や、夜間、雨天、降雪ではどのような危険が潜むかといったことをシミュレータの運転を通して実感できるため、教習の効果が高まると評価頂いています。また、有料駐車場を管理するパーキングシステムも展開しております。ショッピングセンターや空港など利用台数の多い駐車場では、入口の駐車券発行、出口の料金精算だけでなく、空きスペースを知らせる表示を付けたり、車に乗り込む前に料金精算を済ませる事前精算機を用意するなど、利用者が気持ちよく使える駐車場作りを得意としています。 珍しいものでは、腹腔鏡下手術を訓練するシミュレータも扱っています。我が社の事業は大別すると、シミュレーションシステム事業、航空・宇宙・慣性・電波事業、パーキングシステム事業、保守・サービス事業の4つとなります。
JAXA:宇宙機器のリアクションホイールに使われている、国産技術はどのように蓄積されてきたのですか?
もともと、ジャイロで培った回転機器の技術力の応用としてリアクションホイールの開発に着手しました。当初は、ドイツのメーカーとライセンス契約して、ベースとなるハードウェアや図面、部品などは海外から供給を受け当社で組み立て、トータルの性能を確認して納入するという形をとっていました。しかし、宇宙機器というのは10年以上の寿命と高い信頼性が求められます。そうした場合、海外のものですと知識・経験を蓄積してわが国の衛星開発に合わせた改良改善していくことが十分できないこともあり、国産化に踏み切り、技術や設計・製造において独自のノウハウを蓄積していったのです。
JAXA:回転機器の開発において大変だったのは?
ベアリングを構成するさまざまな部品がありますが、保持機に含浸させる潤滑油、オイルの量の調整に非常に苦労しました。オイルが枯渇すると機器が摩擦で焼きついてしまいます。逆に、オイルを多く含浸させると長く持つのですが、抵抗トルクが発生して回転効率も悪くなるし、電力消費量が上がってしまいます。このオイルの量というのは自社で実証実験を行いながら手探りで見つけなければならず、その点に苦労しました。
JAXA:実際にどれくらいの期間がかかったのですか?
機器の寿命の実証実験というのは、実時間でやる必要があります。最初のジャイロの開発では、試行錯誤の上7年ほどで、適切なオイルの量を見いだすことができました。その後13年間の連続回転試験を実施し、オイル量が適切であったことを実証しています。リアクションホイールは、現在も回転させ続けているものもありますが、だいたい8〜10年くらいは実証実験をしています。
JAXA:金属加工においてご苦労された点は?
ホイールのケースの部分です。アルミ製なのですが、非常に薄く複雑な形状構成となっているため、変形しないように加工することにとても苦労しました。リアクションホイールは衛星に搭載する装置ですので、軽さが要求されます。しかし、衛星を動かすためには角運動量を大きくする必要がある。ということは質量を大きくしなければなりません。そのために、できるだけ重い物を外側に持ってきて回転したときに角運動量が大きくなるようにする。でも全体としては軽くする必要があります。この相反する条件を両立させるには、必然的にホイールのケースは、薄肉でひずみのない形に削り上げなければいけないわけです。上下のケースをぴったりと隙間なく合わせる必要もありますから。また、そのケースにホイールの軸を固定するため、軸とホイールの角度に傾きがないようにするためにも、ケースの仕上りが大切なのです。
JAXA:リアクションホイールの部品は、どれも非常に高い精度を要求されるわけですか?
組み立てられた機器というのは、いろいろなパーツの誤差が組み上げることで積み上がってしまうため、ひとつ一つのパーツの公差を限りなくゼロに近づけないと、組み立てたとき満足できないような仕上りになってしまうのです。それが精密機器なのです。
JAXA:どうやって各部品の精度を上げているのですか?
チェックの回数を増やすのではなく、精度を上げるための工程が増えました。例えば組み合わせる2つの部品の一方を先に加工し、それにあわせて他方の仕上がり寸法合わせて加工するマッチドセット加工とすることにより組み立て時の誤差を少なくするという工程を取り入れたりしています。直接精度というわけではありませんが、苦労したのはやはりベアリング周りの精浄度です。加工のときに細かい切粉が入ったりして回すとベアリングを回した際に走行跡という傷が付く。そうなると寿命が短くなってしまいます。ですから、部品を洗浄したその液を濾過してゴミが残っていないか確認して、どこの工程でゴミが出ているのかを突き止める。そうすると結局、クリーンなところでクリーンなものを使って、精巧に組み上げて行く事も重要ですが、各工程で清浄度を確保していくことが重要とわかり、洗浄工程を追加することにより清浄度を確保しています。こうやって工程を確立していく作業に時間をかけました。作り込みの工程の中で、どのステップをどう踏んで、どこでエラーの要因を排除するか、そういう工程を増やすことにより信頼性をあげています。
JAXA:JAXAからのフィードバックも活用されているのですか?
幸いこれまでのところ、不具合が出たという報告はいただいていません。むしろ、工程を確立していくプロセスの中で、ご指導いただいたり見解を伺ったりしました。宇宙に打ち上げてしまったら保守はできませんから。それだけ、慎重に工程をきっちり守って作っているのです。
JAXA:最近の製品づくりにおいてアクシデントや苦労があったら教えてください。
技術的なエピソードではありませんが、観測衛星「だいち2号」に搭載するフライト品を納める前に、真空チャンバーの中で熱真空試験をやっていたのですが、ちょうどそのとき3.11の大震災が発生して停電してしまったのです。そのときは、無停電電源や100Vを供給できる走行試験用車両から試験装置に電力を供給し、作業場所の明かりは会社の車を集めてヘッドライトで照らして賄いました。震災以降、大型の非常用発電機を導入しましたので、今後はこのようなアクシデントは起こらないと思います。
JAXA:宇宙開発事業で蓄積した技術やノウハウで、他の事業の役に立っている点は?
防衛に関する製品は、ベーシックな考え方や精密度は共通しています。ベアリングを使った技術のひとつに、パーキングシステムのカードリーダーがあります。宇宙レベルではありませんが、その延長線上で精度を考えています。製品そのものに求められる精度や使用環境などは、宇宙、防衛、民需とそれぞれ違いますが、基本的な考え方や思想、製品づくりに対する取り組み方などは共通しているものがあると思います。
JAXA:宇宙開発で得たものは?
やはり信頼性の高さです。JAXAさんと一緒に製品開発を行うことで、品質に対する取り組み方、精密に作り込んでいくという思想が浸透したことが、宇宙開発に携わってきて一番良かったことです。
JAXA:海外展開のご予定は?
海外事業推進室を作り、まずは知名度を上げるところから始めていますが、まだ軌道上実績が海外メーカと比べて少ないため、なかなか実績のアピールが難しいところです。だからといって、実績を積むまで待っているわけにはいきませんので、JAXAさんには、ぜひ海外での新規参入のチャンスを拡大していただければと思っています。
JAXA:最後に、宇宙産業に関わる意義について教えてください。
やはり、科学の進歩に貢献できること、通信衛星や気象衛星などインフラ整備に役立てることなど、社会貢献できることに意義があると思っています。そのためにも、今後も宇宙開発に携わっていきたいと思っています。