フィジビリティスタディフェーズ
INTERVIEW
インタビュー
LED照明 空を飛ぶ
Panasonic電工株式会社 情報渉外部 開発事業担当部長 中津 敏晴
2009年秋、日本の宇宙ステーション補給機「HTV」初号機が国際宇宙ステーションに向けて打ち上げられる。HTVは1年に1機の打ち上げが予定されており、2010年以降打ち上げのHTVに、パナソニック電工株式会社のLED照明装置が採用されることが決定した。宇宙船内の照明にLEDが採用されるのは世界で初めてのことだ。
従来の蛍光灯がなぜLEDに?照明器具のトップメーカーが直面した、宇宙と地上の物づくりの違いとは?2005年から宇宙オープンラボに携わってきた中津敏晴氏に伺った。
01. 宇宙用照明に世界で初めてLEDが採用
JAXA:LED照明が宇宙へと、ずいぶん話題になりましたね。
中津:はい。2008年11月にプレスリリースを出したところ、おかげさまで反響は予想以上でしたね。問い合わせや取材依頼が殺到しました。「宇宙を飛ぶ照明器具」と聞けば、一般の方々は「パナソニック電工は最新鋭の技術をもっている」と思われますよね。宇宙を飛んでいる機器は、故障すると大変なんで実はローテク、なんて誰も知らないでしょ(笑)。品質面では、それはそれなりに大変なんですけどね。宣伝効果として宇宙はいい。狙ったとおりです。
JAXA:ところで宇宙の照明器具は今、どんな状況ですか?
中津:国際宇宙ステーションでは現在、蛍光灯を使ってますね。蛍光灯は薄いガラス管の中に水銀蒸気を封入します。宇宙船内で万が一割れると、無重力なのでガラスの破片や水銀蒸気が空中に漂って、宇宙飛行士が吸ってしまう可能性があって危険です。そこで蛍光灯が割れても大丈夫なように、頑丈な防爆構造をもった器具にせざるをえない。その結果、金額的にかなり高い照明器具になってしまうんです。
JAXA:国際宇宙ステーションの照明は、切れることもあるようですね。
中津: 振動などでフィラメントが痛んでいるのか、原因ははっきり解明されていませんが、球切れが起こっていますね。蛍光灯を使っている限り振動にも弱いし、ガラスで割れやすい。その問題を解決しようと思えば、発光方式を違うものにしないといけない。
LEDは半導体だから割れることはないし、有害物質が出ることもない。振動に対しても強い。万が一破損してもガラスが飛び散ることはありません。寿命が長く蛍光灯の数倍から十数倍です。安全性に優れているので宇宙には向いている光源だと思います。
JAXA:なるほど、それでHTVに搭載されることになったのですね
中津:はい。もう一つ大事なことは、我々がすでに持っている民生品を作る量産技術を使った方が、少しでも安く宇宙用に供給できるのではないか、と思うんです。メーカーの研究開発ノウハウや技術・品質などを宇宙にそのまま持っていけないかと。2005年に宇宙オープンラボに採択され、研究開発をJAXAさんと進めてきたわけです。
02. 宇宙と地上 対照的な物づくり文化
JAXA:開発でご苦労されたのは、どんなところですか?
中津:とにかく試験がすごいんですわ。たとえば燃焼試験では、地球上ではあり得ないほどの高い酸素濃度で試験をするから、地上では難燃性が高いアクリルでさえ炎を出して燃えてしまう。また、振動試験では13Gまでかけました。地上用でもトラックや貨車で輸送するので振動試験は行いますが、13Gなんてかけたことない。他にも宇宙の放射線に耐えるか、有害ガスが発生しないかなど、地上では考えられない様々な試験を行いました。
JAXA:HTVは日本の宇宙船ですよね。どこの基準ですか?
中津:試験は当社の試験部門とJAXAでやってもらいましたが、NASAの基準がベースにあるそうです。品質基準の書類は、4畳半の部屋に床から天井まで積んでも入りきらないぐらいあると聞いてます。その書類を読みこんで基準にあわせて試験を行うのは大変な労力ですよ。
JAXA:想像以上に大変でしたか?
中津:かなり(笑)。反面、私たちにすれば、地球上の商品を長年やっているから大丈夫な面も多いのですよ。宇宙より地上のほうが基準が厳しいところもありますからね。たとえば操作性とか配光性とか。それに宇宙では操作する人は訓練を積んだ宇宙飛行士ばかり。地上ではどんな人たちがどんな使い方をするかわからないでしょ(笑)。だから地上用の品物は、どこでどう使うかという条件をあれこれ考えて、それに見合う試験をする。でも宇宙用は逆なんです
JAXA:逆というと?
中津:宇宙品は使い方が先にあるのではなくて、試験要求が先にある感じ。その試験要求をクリアしない限り飛ばさない。商品や部品をまず「基準」に当てはめるわけです。
一方、地上品はたとえば屋外用の照明だったら、雨が降る場所で使うので雨の角度はこのくらいだから、充電部がここまでは出ないように作るとか、湿気が多い場所で使うなら防湿構造にするとか、使う条件を決めそれに見合う試験をする。そして試験の結果、量産するための構造や組み立て方を考慮して設計し試作品を作る。生産用のコンベアに流してみてまた試験をする。そして問題がなければ発売。これが大量生産の形です。
ところが宇宙品は一品生産が前提。一品を確実にプロが作る。だから誰が作っても同一品質レベルが達成できるわけではないし、部品は規格化・標準化する必要がない。物づくりの文化がまったく違うんです。
03. 文化の違いを乗り越えるために
JAXA:地上用と宇宙と考え方が異なる、どうしていったのですか?
中津:最初はお互いの用語も理解できなかったわけです。たとえば宇宙用語にはアルファベット3つの言葉が多い。JEMとかHTVとか(笑)。自分たちの間だけで通じる用語ですよね。
JAXA:たしかに(笑)
中津:そういった用語の使い方から始まって、まずはお互いの違いを認識して、その距離を縮める努力をする。そうやって融合しないとこれからの宇宙開発は民生の力は借りられないと思うんです。
でも何年間かやってきて、開発の最後のほうではようやくお互いにわかってきた実感がありますね。我々民生品の実績と品質管理を応用して、JAXAの検証試験を減らして開発のスピードアップにつなげることもできました。民間が入りやすくなれば、もっといい技術で宇宙に使えるものが出てくるだろうというのが私の思いです。
JAXA:パナソニック電工さんにとって今回のメリットはなんでしょうか
中津:最大のメリットは宣伝効果。地上でLEDの開発競争をやっているメーカーの中でパナソニック電工は宇宙までおさえて、一歩も二歩もリードした。宇宙用の製品を作っても儲からないし時間はかかる。けど、何より面白い。これだけのお金でこれだけの広告打てたら最高ですわ。
JAXA:個人的に楽しみにしていることは?
中津:LEDが売れてくれれば(笑)。今、世の中の蛍光灯は全部LEDに変わるという方もいますが、それは絶対にない。蛍光灯の光は全般照明といってふわっと全体を照らすのに向いている。一方、LEDは点光源。強い光をある方向に出す。白熱灯に代わることはあるかもしれないが、すべての蛍光灯に取って代わることはありえない。機能や用途が違うんです。
では、LEDの持ち味はといえば、まず寿命が約4万時間、一日つけっぱなしで約5年持つところ。だからメンテナンスしにくい階段の手すりや屋外に使っても、ランプ交換をしなくていい。交換しなくてすめば、ふたをあけなくていいから構造も小さくなる。その特徴を活かして技術開発をすれば地上でも宇宙でも使える開拓の余地がある。