わずか3人のオペレーターで1時間に6000ℓの液体水素を製造

新エネルギーの1つとして水素燃料が注目されているが、「H-IIA/B」に代表される日本の液体ロケットは、膨大な量の液体水素を燃料に、液体酸素を酸化剤として飛翔する。

岩谷産業は、30年以上にわたって液体水素の製造を手掛けてきた。堺市で製造された液体水素は、海上輸送と陸送により、種子島へ運ばれる。

岩谷産業は1930年に大阪市で酸素・溶接棒・カーバイドの販売からスタートした。戦後はプロパンガスを手がけたのを手始めに、ガス事業を拡大してきた。現在ではLPG(液化プロパンガス)を中心にしたエネルギー分野、工業用・医療用などの産業用ガスおよびその応用分野、さらには材料分野を手がけている。宇宙分野では1975年からロケット燃料用の液体水素を全量供給している。

同社の液体水素はグループ企業が製造する。最大の液体水素プラントは大阪府堺市にあり、関西電力などと合弁で設立したハイドロエッジが1時間当たり6000ℓの液体水素を製造している。

液体水素の原料はLNG(液化天然ガス)。プラントは関西電力のLNG輸入バースに隣接しているため、原料の輸送コストを低く抑えることができる。さらに、極低温の液体水素を作るのにLNGの低温を利用して省エネも図っている。

プラントは24時間稼動で、敷地面積は約3万2000m2に及ぶが、製造はほとんど自動化されており、わずか3人のオペレーターが4交代で操業している。

大阪府堺市にあるハイドロエッジの液体水素プラント。1時間当たり6000ℓの液体水素を製造できる。

LNG(液化天然ガス)から水素を製造する改質器。

高い圧力をかけて二酸化炭素を分離し、水素だけを取り出すPSA(圧力変動吸着)装置。

液体水素の貯蔵タンク。安定供給のため、300㎘のタンクを4基設置している。

水素を液化する液化器。液体窒素の冷熱と水素の圧縮・膨張で得られる冷熱を使って液化する。

水素を圧縮する循環水素圧縮機。この装置で得た圧縮水素を使い、液化器で水素を液化する。

液体水素をタンクローリー車に積み込む。1台に1470kgの液体水素を積載できる。

液体水素はタンクに詰めて配送する場合もあり、大きさの異なるタンクをいくつか用意している。

コントロール室。わずか3人のオペレーターで運営する。

ハイドロエッジでは液体酸素や液体窒素なども製造している。写真は液体窒素をタンクローリー車に積み込んでいるところ。

岩谷産業株式会社

本社所在地 大阪市
設立年 1930年(1945年に株式会社化し、現社名に)
液体水素製造拠点 (製造子会社) ハイドロエッジ(大阪府堺市) 岩谷瓦斯千葉工場(千葉県市原市)
主な製品 LPガス、ガス周辺機器、エネルギーシステム、工業用・医療用ガス、材料、電子機器など
これまで手がけた主な宇宙機器 ロケット燃料用液体水素、液体水素供給・貯蔵機器
企業HP http://www.iwatani.co.jp/jpn/

INTERVIEW

インタビュー

液体水素は宇宙用途から始まり現在は民間需要が急拡大しています

岩谷産業株式会社
産業ガス・溶材本部水素ガス部長 上田 恭久氏

宇宙関連ではどんな製品を供給されているのですか?

当社はロケットの液体水素燃料を納入しています。現在、日本のロケット用液体水素の供給量は年間3000~4000㎘に上りますが、岩谷産業が一手に引き受けています。大型ロケット「H-IIA/B」の燃料はもちろん、エンジンテスト用や試験・研究のものまですべて当社が供給しています。
 当社は旧NASDA(宇宙開発事業団、現在はJAXAに統合)が始めた液体酸素/液体水素ロケットエンジンのプロジェクトの初期段階から参加しました。1975年のことです。そして78年に兵庫県尼崎市に、1時間当たり730ℓの生産能力を持つ大規模プラントを新設したのです。生産した液体水素は宇宙開発事業団に全量供給していました。
 当社の液体水素を積んだロケットが初めて打ち上げられたのは、86年の「H-I」です。その後も当社の液体水素の利用はほとんどすべて宇宙用という時代が長く続きました。いわば、液体水素は宇宙に育てられたようなものです。
 当時は、尼崎の液体水素プラントは費用をNASDAにみてもらう代わりに全量を納入するという契約になっていました。作った液体水素を企業などに供給する場合は、NASDAの許可が必要だったのです。

現在は液体水素は民間企業に使われていますね。

民間への液体水素供給を始めたのは、製造子会社ハイドロエッジ(大阪府堺市)のプラントが完成した2006年です。JAXAと契約を見直し、委託により液体水素を作るという関係から、通常のビジネスベースでの取引に切り替えたのです。
 民間企業へはそれまで、液体水素ではなく、ガスの形で水素を供給していました。水素は工業用材料として、半導体のエピタキシャル成長用ガス、LED(発光ダイオード)の材料用ガス、液晶・太陽電池や自動車のガラスなどの製造時の還元雰囲気用ガスなどに使われています。それが扱いやすく、トータルで見ればコストの安い液体水素に急速に置き換わっています。
 今では宇宙用の10倍以上の液体水素を民間企業に供給しています。その結果、生産量が増え、JAXAに対しても2005年以前の数分の1から場合によっては10分の1のコストで液体水素を供給できるようになりました。

宇宙分野の用途がなければ、今の液体水素マーケットもなかったわけですね。

体水素製造・供給の技術開発を進めることができたのは、民間利用の30年も前から始まったNASDAとの取引があったからです。その結果、高純度の液体水素を信頼性高く大量に供給できる技術と体制が整ったからこそ、民間企業への液体水素利用の道を開くことができたのです。

宇宙での実績は民間企業に液体水素を売りこむ際に役立ちますか?

それは分かりやすいですから。「ロケットの打ち上げに使われています」と説明すると、それだけで信頼してもらえます。
 実際、宇宙用は信頼性の管理が厳しく、記録を常に求められます。それと同じものを供給するわけですから、水素の品質には、信頼感があります。
 また、「受け入れ時や貯蔵時に爆発したりしないのか」と心配される方も多いのですが、宇宙用に長年供給・貯蔵してきて一度も危険な事故が起きていないと説明すると、安心してもらえます。

液体水素の市場展望は明るいそうですね。

これから水素の大きな用途がFCV(燃料電池自動車)です。2015年には自動車メーカー各社が出揃って、燃料電池車時代の幕開けになるとして期待しています。そのためには水素ステーションを準備しなければなりません。現在、関係企業が集まって協議していますが、まず、100カ所くらいからスタートしようと考えています。当社もいくつかの水素ステーションを作るつもりです。
 2025年には日本で200万台のFCVが走るとすると、水素の需要は年間25億m3に上ると見込まれます。現在の水素需要は、自家プラントから供給されるものを除くと年間1億6000万m3ほどですから(うち1/4が液体水素)、現在の15倍以上にもなる量です。そうなると、いままでのやり方では追いつきません。
 そんな時代がくれば、ロケット打ち上げ用の液体水素も今よりはるかに安く供給できるようになるでしょうね。

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