趣きある工場で、モーターやセンサーを生産
多摩川精機は1938年創業という、老舗の精密部品メーカーだ。戦闘機用油量計の製造からスタートしたが、現在では角度センサーやジャイロ、サーボモーター、ステップモーターなど、幅広い精密部品を開発・生産し、ロボットや工作機械、航空機、防衛機器などのメーカーに販売している。最近ではほとんどのHV(ハイブリッドカー)やEV(電気自動車)のパワーステアリング用モーターに、同社のレゾルバ(回転角検出センサー)が使用されているという。
同社が宇宙分野に進出したのは1980年代半ばのことだ。まずは「H-I」ロケットの慣性航法に使用するジャイロを手がけ、その後はさまざまな人工衛星や探査機の各種モーター、エンコーダー、レゾルバなどを開発・製造してきた。国際宇宙ステーション日本実験棟「きぼう」や宇宙ステーション補給機「こうのとり」にも同社の製品は使われている。
宇宙および航空関連の同社の製品は、本社に隣接する第1事業所(長野県飯田市)で製造する。1942年に飯田工場として設立された同事業所には、当時のままの外観を残す工場が今も残り、独特の風情を醸し出している。同じ敷地内には、宇宙関連の製品の研究・開発を担当するスペーストロニックス研究所も立地する。
多摩川精機株式会社
本社所在地 | 長野県飯田市 |
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設立年 | 1938(昭和13)年 |
主な事業所 | 第1事業所(長野県飯田市) br> 第2事業所(同) br> 第3事業所(長野県松川町) br> 八戸事業所(青森県八戸市) |
主な製品 | エンコーダー、レゾルバ、ジャイロ、サーボモーター、ステップモーター、慣性計測装置、自動制御装置など |
これまで手がけた主な宇宙機器 | オーロラ観測衛星「あけぼの」のステップモーター(1989年) br> 地球観測プラットフォーム技術衛星「みどり」のブラシレスDCモーター、ステップモーター、レゾルバ(1996年) br> 技術試験衛星「おりひめ・ひこぼし」のブレーキ付きギア機構部、レゾルバ(1997年) br> 技術試験衛星「きく6号」の光学式エンコーダー(1994年) br> 月周回衛星「かぐや」のステップモーター(2007年) br> 国際宇宙ステーション日本実験棟「きぼう」のアクチュエーター、ブラシレスDCモーター、ブラシレスレゾルバ(2008年) br> 温室効果ガス観測衛星「いぶき」のアクチュエーター、ステップモーター、レゾルバ(2009年) br> 宇宙ステーション補給機「こうのとり」の曝露パレット用シャフト、ホイールなど(2011年) |
企業HP | http://www.tamagawa-seiki.co.jp/ |
INTERVIEW
インタビュー
品揃えを強化し、多種多様な br>機器を供給していきます
多摩川精機株式会社
常務取締役第一事業所所長(取材時) 熊谷 秀夫氏
品揃えを強化し、多種多様な機器を供給していきます。
まず最初に、どんな宇宙向け機器を開発・製造しているのかを教えてください。
多いのはモーターです。例えば、ISS(国際宇宙ステーション)の「きぼう」日本実験棟に搭載した各種モーターです。それから角度を検出するセンサー。これはモーターと同じ原理で電磁気的に角度を検出するレゾルバというセンサーです。このほか、ジンバルとかリアクション・ホイールといった、回転する部品全般です。
当社ならではの製品として開発しているのが、宇宙向けのスリップリングです。これは太陽電池パドルとかアンテナが機械的に回転するレーダーといった回転部分と本体の回らない部分の間の配線にはさむ、"自由に回る配線"といった部品です。配線がねじれてしまわないようにするものですね。これはJAXA(宇宙航空研究開発機構)が推進している宇宙向け標準部品を取りそろえるプロジェクトの一環として、当社で開発しています。
創業は第二次世界大戦前ですね。
はい、1938年に社名で分かるように多摩川河口近くの東京・蒲田で創業しました。最初の製品は戦闘機の燃料タンク向け燃料計です。燃料の液面に木製のフロートを浮かせるというものです。フロートは、腕木を介してタンク壁面に取り付けてあって、壁面と腕木の角度をレゾルバで検出し、残量をパイロットの目の前の計器板に表示するというものでした。その後戦争が始まり、創業者の故郷である長野県飯田市に疎開してきたのです。そこが、現在の第一事業所となっています。
戦後は、防衛用の製品を主に開発・生産し、そこで積み上げた技術がだんだん民需でも使われるようになってきました。現在は自動車産業など民需関連が売り上げの8割を占めています。残る2割が防衛および航空宇宙用の製品です。
最近のヒット商品は、HV(ハイブリッドカー)やEV(電気自動車)のモーターに装着するレゾルバです。現在は、世界シェアの大部分を握っています。
宇宙向け機器はいつ頃から作り始めたのでしょうか。
1980年代半ばからです。当時のNASDA(宇宙開発事業団)が1986年に初号機を打ち上げた「H-I」ロケットでは誘導制御用の機械式ジャイロが国産化されました。このジャイロ用の角度センサーを担当したのがきっかけです。
その後、1989年に打ち上げられたオーロラ観測衛星「あけぼの」の観測機器用ミラーを駆動するステップモーターを担当し、それ以降、少しずつ仕事が来るようになりました。民需に進出した時と同じですね。
私たちが防衛向けとしてじっくり積み上げてきた技術にお客さんのほうが目を付けて「これを作ってくれないか」という形で仕事が来るようになり、徐々に宇宙向け機器も事業になっていったわけです。
ちなみに宇宙向け機器の売り上げはどれぐらいのものなのでしょうか。
何しろ一品物が多いので、まだまだ小さいというのが実情です。単価は高いのですが、民生品ならば何十万個と生産するところを、試作品と実機向けとで数個といった世界ですから。現在は売上高の1%強といったところです。
しかし、少しずつ増えてはいます。私たちとしても大いに期待しているところです。1種類の部品が大量に売れるということはないので、売り上げを伸ばしていくためには品揃えを強化して多種多様な機器を供給できるようにしていく必要があります。
すでに宇宙向けモーターは、サイズ別にシリーズ化して大小取りそろえています。今後も手を緩めずに新しい機器を提供できるようにしていくつもりです。
宇宙分野のどんな点に期待しているのでしょうか?
技術にこだわることで売り上げを立てられる分野だということですね。現在、未曾有の円高が進行していますが、この状況下であっても日本国内で生産を継続しつつ、なおかつ会社が生き残っていくことができる市場の一つではないかと考えています。
また、宇宙向けの機器は放射線と真空という地上には存在しない環境で、高い信頼性を要求されます。信頼性確保のための手法も、我々が慣れている防衛向け機器とは大分違って、信頼性を作り込んでいくための様々なノウハウが存在します。それらの信頼性向上のための手法を学んでいけるというのは、宇宙向け機器を手がけるメリットです。
例えば、宇宙向け機器では厳密に1つひとつの部品について製造履歴を記録していきます。このあたりは一般のメーカーだとかなり戸惑うところだと思います。民生品でも最近はトレーサビリティは厳しくなってきていますから、宇宙向け機器での経験が今後の民生品製造でも役立てることができると考えています。
別のメリットとしてはリクルートですね。宇宙用機器を手がけていると、学生さんの反応が非常にいいんですね。優秀な人材を確保するためには、大きなメリットがあります。
また、民需の製品の営業に出かけたときに「当社は宇宙用機器も手がけています」と説明すると、技術に関して信頼してもらえ、話が進みやすいこともあります。
逆に宇宙向け機器の課題は何ですか?
採算性の向上です。宇宙向け機器を手がけていることでさまざまなメリットがあることは確かですが、これからは事業としてとらえ、十分な利益を確保していくことが大切だと考えています。
最後にJAXAへの期待・要望を教えてください。
JAXAの認定部品制度に基づいて、現在開発しているスリップリングですが、これもまた、品揃えを強化していくことを計画しています。
認定部品は第1号が当社の角度センサーで、2番目が他社の減速機、ほかにも若干ありますが現在は再度、当社のスリップリングです。認定部品の開発にはJAXAからの支援があるのですが、このような部品をもっと増やしてもらえれば、ありがたいのですが。